拉致 (12月9日11:50~12:15)
文字数 2,964文字
テストを終え、下校時間になった。
迎えは校門の外、12時10分と少々余裕をもって設定されていた。
友人と少し喋った後、公安が待つ車まで歩いて向かう。
雨宮としては、前回の外出規制よりも危険は少ないと感じていた。
今回は自身の親が事件に関わっていないからだ。
だから、雨宮は明日のテストの科目を考えながら歩き、校門を出た。
門の近くに来ていた、公安所属の警察官2名と共に車まで歩く。
車にたどり着くまであと10歩といったところだろうか。
公安に荷物を預け、車に乗り込もうとした――その瞬間。
急発進して突っ込んできた車から、
パァン!!
「――きゃ!!?」
「――なっ!?」
突然、大音量の炸裂音と共に辺りが真っ白になる。
雨宮と公安は咄嗟に目をかばい、地面に座った。
その隙に、突っ込んできた車の後部座席にいた
視界と聴覚を無くされ、公安では太刀打ちができなかった。
わずか5分足らずの出来事だった。
――20XX年12月9日 12時00分 警視庁
晴野と天道は警視庁のお偉いさんの部屋に居た。
時間に遅刻する可能性もあったが、天道が車を飛ばしたお陰で間に合った。
「よく来てくれたね。はじめまして。私は――」
「あ、用件なさそうなので帰ります。
「おい、待てやゴルァ。」
「だから、あと10分もないんだよこっちは!!無理やり連れてきたうえにグダグダやりやがるのマジで死ねし!!」
晴野はお怒りだった。
お偉いさんお言葉をぶった切り、走って部屋から出ようとする。
だが、すんでのところで天道に捕まった。
晴野は舌打ちし、引き戻された反動で
天道にぶつかる
。「いったぁ…。」
「…こっちのセリフや。」
お偉いさんは天道とのやり取りを見て困惑し、
「……そうか、別の案件を抱えていたか。すまなかった。では、手短に話そう。晴野。君にハッキングをしてもらいたい。ターゲットはこれだ。本来は部下のハッカーに頼むのだが、頼むとバレる危険性が高い。君は優秀なハッカーでありながら、活躍していない様子だ。情報漏洩の観点から足がつかないハッカーに頼みたいんだ。」
――全っ然、緊急じゃねぇじゃねぇかクソが!!時間無いんだよ、こっちは!!!
晴野は奥歯をかみしめ、怒りをあらわにした。
対して、天道はお偉いさんの発言に驚いていた。
「は…?優秀なハッカー??晴野が??」
「おや?君の班だろ?知らなかったのか?彼女と東雲君、ネフィリム君は同等の実力と言っていいくらいだ。」
「は!?」
天道は初耳だった。
晴野は3課の簡単な講習しか受けていなかった。
それが、まさか「必要ないから必修になっていた基礎講義と、最近の傾向だけ履修しておけばいいよね」というノリで受講していただけとは。
阿久津さん…俺に対して情報止めやがったな!?
阿久津からもらった資料には、晴野のハッキングスキルは記載されていなかった。
だからこそ、天道はバランスを見て、晴野をオペレーターに回したのだ。
班を運営する以上、個人のスキル情報の共有は必要だ。
他にも抜け落ちている情報があるのでは、と天道は一気に不安になった。
晴野以外の、他の班員のデータにも一部消されているものがあれば、シャレにならない。
お偉いさんは、1枚の紙を晴野に差し出す。
「ターゲットの情報だ。相手の反応にもよるだろうが、できれば本日中に結果報告が欲しい。――漏洩されるのは恐らく、君たち1課2係7班の情報だ。引き受けてくれるな?」
晴野は1課2係7班と聞き、目を見開いた。
班のみんなの個人情報漏洩がかかっているとなると、状況が変わってくる。
だからこそ、敵に危険視されている東雲の居る資料室に、監視カメラが設置されていたのだろうか?
なぜか自分がハッカーだと、敵にバレていないようだが…。
これは尚更、やらなければならない。――そう思った。
晴野はお偉いさんに姿勢を整え、返答する。
「わかりました。――が、別件で
「明日までにハッキングできるなら問題ない。」
「引き受けます。」
即座にお偉いさんに歩み寄る。
ターゲットのアドレスなどが書かれた紙を受け取り、返答した。
「今抱えている案件が、本当に時間が無いので、私はもう行きます。お話しは以上でよろしいでしょうか。」
「ああ。ぜひ成功させてくれ。」
「あとは天道にお願いします。失礼しました。」
「え。本当にそんなに時間ないん?」
晴野はそう言い、部屋を飛び出した。
天道の発言については完全に無視した。
この後部屋では、天道がお偉いさんに謝罪をし、緊急案件の詳細を聞いた。
――20XX年12月9日 12時15分 警視庁
建物内から急いで駐車場に向かう。
――だから、来たくなかったのに!!クソ天道!
まぁ、内容はしょうがない感じだったけど!?
呼び出し、緊急案件の後でも良かったよね!?
晴野が怒っているのには理由があった。
先ほど秘匿班から「拉致が発生した」と、
晴野は天道車の運転席に乗り込む。
部屋でぶつかった際、天道のポケットから車の鍵を拝借していたのだ。
即座にシートベルトを付けて、車を急発進させる。
――やられた。しくじった。
晴野はアクセルを踏みながら思案する。
普通、公安が張り付いていたら拉致なんてできない。
難易度が上がるため、計画がとん挫するはずなのだ。
だが犯人は
恐らく護衛が居ることを織り込み済みで、拉致の計画が練られていたことになる。
状況は最悪だ。
こっちが動く前に狙われてしまったのだから。
晴野は左折し、車を飛ばす。
だが、途中で信号に引っかかってしまう。
――ああもう、本当、拙い!!
天道の車は私物。
なので、赤ランプは搭載されていない。
緊急車両でよくある赤信号の無視や「道を開けてください」が出来ないのだ。
タイムロスに歯噛みしながら、スマホを車に固定し、雨宮の現在地を把握する。
即座にとある秘匿班に情報を共有する。
晴野が用意したお守りには別の目的があった。
雨宮のお守りの内部に発信機を入れていた。
スマホが封じられた場合の対処法として、今朝衿の裏に仕掛けた発信機以外にも、事前に用意していたのだ。
そのお陰で現在地の把握ができるが、相手も車で移動しているため動きが早い。
相手の車が曲がった。大通りから外れ、小道に入ったようだった。
Nシステムを避けているのだろうか。
どこに連れていく気なんだよ。マジで。わかったら先回りできるのに。
――だけど、天道の車がクラッチのないセミオートマでよかった。
晴野の所持する運転免許はAT限定。
ミッション車やミッション車よりのセミオートマだった場合、晴野は運転することができなかったため、運が良かった。
え、天道?知らん。雨宮の方が大事です。
信号が青になり、晴野は車を飛ばす。
雨宮の拉致の可能性に関しては、とある秘匿班の上司からヤバめの情報を聞いていた。
絶対に間に合わなければ。
断じて元ヤンではないが、免停上等の覚悟で車を走らせる。
晴野は道交法を無視してアクセルを強く踏んだ。