遅刻の理由 (1月7日10:55)
文字数 4,770文字
入室してきたのは気まずそうな、申し訳なさそうな表情をした
ただ、一言も発さない。
雪平の様子は異常だった。
班員は困惑した。
「遅かったな。今朝、何かあったのか?」
ハンドサインは肘を後ろに突き出して、身体と平行になるように出している。――位置が後ろ過ぎないか?逆に大変そうだ。通常なら身体の前で出すはず……?
出されたハンドサインは【
掃除
】そして――雪平自身に指を向けた。――
雪平に盗聴器が仕掛けられている
!?続いて雪平は両手の人差し指を立てて、頭の上に持って行く。
まるで鬼の角のように。
――鬼!?……まさか、
怒れ
ってことか!?霧島は
見送った後、この中で一番怒りそうな人物である天道が先陣を切る。
「あー……雪平ぁ?何で無言なん??それに、遅刻してきて無連絡はどうかと思うで??お前、社会人やろ?ええ??――何してんねんゴルァ。」
天道は盗聴先に伝わるよう、わざと怒っているかのように話す。
これは【雪平は
対して雪平は左手でOKポーズと、右手でサムズアップをした。
強調するように前後に動かしているから、これでいいのだろう。
――必要なのは、班内の分裂もしくは雪平の孤立か!?雪平の
「――かなり遅かったじゃないか。大事な会議にお寝坊か?いい度胸だな。」
仮眠室から戻ってきた霧島が、かなり不服そうに話しかける。
雪平は霧島が持っている機材を見て、安堵の表情になる。
「……す、すみませんでした。えっと、寝坊で遅刻してしまって……。」
雪平は盗聴先にばれないよう、焦った声色を作る。
その様子を見て、霧島はさらに不機嫌な態度を作る。
「……念のため確認させてくれ。今、教祖の身辺を洗ってたところだから、盗聴されるとちょいまずいんだわ。」
霧島は怒りをはらんだ声色で話す。
取ってきた機材で、理由をつけて雪平の身体検査をした。
…さすが霧島サブリーダー。自然すぎて助かる。
対して雪平は再度左手でOKポーズと、右手でサムズアップをする。
首もこくこく、と何度も上下に振っているのでこの対応は正解なのだろう。
だが……やはり、ハンドサインは肘を後ろに突き出して、身体と平行になるように出している。――まさか、
カメラ
!?手を前方に出すと映ってしまうとかなのか!?雪平に機材を向けると、ピーっと高い音が鳴った。
「――え?な、何で――」
焦るフリをする雪平。
険しい顔を作る霧島と天道。他の班員も驚いたふりをする。
「――おいおいおい…。雪平……お前、何した?」
「!!僕、何もしてません……!!」
「班を裏切る気か?」
「い、いえ。そんな、ことは…。」
霧島はあえて雪平を責め、班内に問題が起きている演技をする。
雪平はサムズアップをしつつ、困った声色で弁明をした。
「
「ああ。…雪平。両手を上げて、動かないでくれ。」
霧島はわざと
霧島と共に雪平のボディチェックをはじめた。
「な、何てこと……!」
「あらあらまぁまぁ。」
「おいおいゆっきー、裏切りかぁ??」
「ちょっとこれは無いんじゃないの??――
他の班員も責める演技をし、班内での雪平の孤立を煽った。
ボディチェックの結果、盗聴器と小型カメラが見つかった。
盗聴器は鞄からも見つかり、合計3個回収する。
盗聴器と小型カメラは霧島と
カメラが無くなりもう動いても平気だと判断したのだろう。
恐らく雪平に温かいものを持って行くのだろう。
嵐山と
ミーティングに居る班員に鼻の前に人差し指を立てて見回してから席を立つ。
キッチンに居る嵐山にも同じようにジェスチャーを送り、資料室へと向かい、小さめのひとつの箱を取ってくる。
「――念のため、スマートフォンも回収させて?調べるから。…ひとまずこの箱に入れておくよ。」
「あ……はい…。わかりました……。」
スマートフォンを通じて盗聴・盗撮がされている可能性があるからだ。
そして、この可能性を潰すには
長く息を吐き出し、脱力する。床にへたり込んでしまった。
「朝からお疲れ様。――雪平、大丈夫か?」
「――うあー……。はいぃい……。何とか……。」
霧島が手を差し出し、立たせる。
雪平はゆっくりと立ち上がり、自分の席――ソファ中央へと移動した。
嵐山が着席した雪平にカフェラテを差し出した。
「どうぞ。まずは落ち着いて?あ、お砂糖はこっちね。」
「ありがとうございますうぅう……。」
雪平は礼を言い、受け取って一口飲んだ。
大きく息を吐き出し、脱力した。
「……通信を遮断する箱に入れているから大丈夫だと思うけど、念のため僕の寝袋の中に箱を入れてきたよ。枕も積んできた。だから、もう、会話は拾えないよ。」
「ナイスヴォイド!助かったわーww」
「アストライアーが動くより、僕のほうが良いと思ったからね。」
東雲はピースサインを送ってきた。
班員は言葉を発さずに雪平の様子を見守った。
雪平のカフェラテは半分ほどに減っていた。
温かいものを飲んだことで、何とかいつもの調子に戻れたのだろう。雪平は姿勢を正し、班員に向かって言葉を発した。
「みなさん、電話を無視したうえに、会議に遅れて申し訳ございませんでした。一応頑張ってみましたが、恐らく次は嵐山さんです……。僕がダメだった場合、頑張って暗躍してください……。」
「――私!?」
雪平の言葉を聞き、嵐山が驚く。
「――何があった。」
雪平が話し出したということは、もう大丈夫なのだろう。
「僕は朝、警視庁に居たんです。」
「え。」
唐突な警視庁に
何で朝に警視庁に居たんだ??
「本来の待ち合わせは公安調査庁。時刻は7時半でした。なので、間に合うはずだったのですが…。その、担当の人が急遽何かで呼び出しが入って警視庁に行ったみたいで、追いかけて合流していたんです。打ち合わせ後、まっすぐ特捜に帰る予定だったのですが――出勤直後の
雪平は言い終えるとすみませんでした、と頭を下げた。
「……
天道が訝しみながら問う。
「すみません、言えません。ただ、今回の案件――カルトについての情報関係とだけ言っておきます。」
「――そうかい。」
天道はそう言うと悩み始めた。
雪平は公安調査庁ともパイプがあることが確定した。天道は上司として使い方を考えていた。――今後、運用していくために。
「…先ほどの機材を僕に着けたのは倉木です。盗聴先も倉木です。そして――厄介なことに、僕は
「!!!」
――やはり、倉木か!!
きっと、盗聴器などが見つからなかった場合は
情報の上げ方には工夫していたが、恐らく倉木は倉木で情報を集めていたのだろう。
捜査に行き詰っているのがバレたらしい。
「それ……は……。」
「なので、倉木と取引して、取り込むのは僕だけにしてもらいました。」
「――えっ。」
班員は目を丸くした。天道なんか、目玉が飛び出そうになっている。
雪平、めちゃくちゃ頑張っていた。
どうした雪平。何があった。
「あと、非常に申し訳ないのですが……班から上げる情報の他に、倉木にこっそり渡す情報を一部精査して頂けないでしょうか。そして、僕が内通しているのを知らないふりも。」
「ええけど……え、何があった。マジで。」
天道は混乱しつつ、聞き返す。
雪平が倉木に取り込まれたというのも驚きではある。
更に、普段の雪平からしたら、交渉してきておまけに自分だけで食い止めている状況は異常だった。
今までは晴野のサポートがあってこそ、色々出来ている面が大きかったはずなのだ。
本当に交渉が成功していたら、ものすごい成長である。
その証拠に、天道は状況についていけていない。
雪平は天道から目を逸らしながら答える。
「その、倉木は……僕と嵐山さんに緊急案件を下ろそうとしていたんですよ。行き詰っているじゃないですか……【倉木案件】。……言ってたじゃないですか…嵐山さんは教祖の好みドンピシャだって……。関わらせるなって……。」
――雪平が教祖の好みに触れた……まさか、倉木は
雪平を教団と接触させる気
か!?特に潜入担当の晴野、霧島、
天道は意味を正しく理解できていないらしく、不思議な表情をしている。
「そうやけど……。いや、そうなんやけども……。」
「これ以上は聞かないでください。だいぶ話しましたから。」
雪平は息を吐き出し、残りのカフェラテを煽った。
これ以上話すつもりはないようだ。
「……聞いても良いか?」
「あ、はい。何でしょうか。
雪平は
「その…倉木は班を自由に動かすために、必ず接触してくると思っていた。俺と霧島サブリーダーのどちらかを取り込みに来ると見ていたんだが……。」
そう。取り込みに来るなら
最有力は霧島だった。
…予想は大外れだ。
「あー……僕でしたね。お2人や晴野さんでは取り込めないと思ったのでしょう。」
どうやら厄介な臭いがする3名は避けたようだった。
班に迷惑が掛からないよういなすつもりだったので、逆に来てほしかったんだが…。
そして、晴野も厄介認定されてたか。……倉木が晴野の実力に気付き始めていたら厄介だな。
同じことを思ったのか、晴野も難しい顔をしていた。
「ただ、嵐山さんは絶賛狙われていますので…逃げ切ってください……。ものすごくお勧めしません……!」
「わかったわ。……気を付けるわね。防いでくれてありがとう。」
嵐山は雪平に礼を言った。
「
「あら、そうですの。情報助かりますわ。」
「関わり合いになりたくないから、別にいいけど。」
雪平の情報に、雨宮と
「ただ、足元は掬われないように気を付けてください。油断大敵です。だって――この班で一番役に立たない僕が狙われたんですから……。」
「いや……そんなことはないと思うが。」
霧島と
雪平は【色】の判別で役に立っている。
班内の侵入があった件なんか、雪平が居たから被害が最小限に抑えられたのだ。
「もう嫌です…朝から疲れました……。うう。」
雪平はテーブルに突っ伏した。