調査結果 (1月7日8:30)
文字数 5,345文字
朝。特殊捜査本部の所員は続々と出勤してきていた。
廊下を進み、第一、第二ロックドアを開錠し、オフィス内に入る。
「おはようございます。」
ミーティングルームとデスクには誰もいないようだ。恐らく更衣しているのだろう。
――……何というか、年始早々大変だった。
年が明けたと思ったら、
外なので聞かれてもいい話をしながらの食事だった。
行き帰りの車の中では深めの話をした。
結果、ポーズではなく本当に班を運営しようとしているのだろうと思えた。
そして、新上司かその周囲がこの件に介入していると思われる。
「戻るんだから仲良くしろよ」なら問題ないのだが、今後どこまで口を挟んでくるかわからない。厄介だった。
特捜年始初日の1月5日。
朝一だった為、天道に情報を流していいかの確認が取れておらず、年末時点で許可が下りていたものだけを説明し、帰ってもらった。
その後やってきた天道に事の顛末を伝え、年始に来ていた行政からの問い合わせの回答を精査して、天道と共に新たに伝える情報と隠しておく情報を用意した。
本当、とんだ災難である。
潜入についての情報確認もしなければいけないのに。突然来ないでほしかった。
昨日天道を通じて新しい情報を上げたので、もう来ないでほしい。
すると、ちょうど霧島が出勤してきていたようだ。
ドアを開けた瞬間、はち合わせる。
「あ、
「おはようございます。霧島サブリーダー。」
「さっき
「わかった。――ありがとうございます。」
「
霧島と別れ、
デスクには既に嵐山と
雨宮は今日は学校のはずだが、ミーティングにあわせて午前中は休むらしい。事情が変わったため、班員全員が揃うのはありがたかった。
「おはようございます。」
「あら。リーダー、おはよう。簡易的にだけど、掃除は終えたわよ。」
「おはようございます。晴野は今着替えてますわ。」
どうやら先に掃除を済ませてくれていたらしい。…後で機材をロッカーにしまいに行こう。
「
すると、資料室からアラームの音が聞こえてくる。
昨晩は遅くまで霧島の実績の偽装をしていたのだろう。年始早々
……睡眠時間がきちんと取れていると良いのだが。
「――おはようございま――あ、
女子仮眠室のドアが開き、制服に着替えた晴野が出てきた。
晴野は実習の都合で今日が年始初出勤だ。……プライベートでは、神社で偶然エンカウントしてしまっていたが。
「おはよう――明けましておめでとうございます。――今いいですか?昨日までの話しをしたい。」
「りょ。これ、デスクに置かせて!」
「ああ。ミーティングルームでいいか?」
「うぃす!」
ミーティングルームに移動し、席に着く。
掃除用の機材は自デスクに放置しておくことにした。…後でしまおう。晴野との共有が先だ。
晴野は自分のデスクに必要なものだけ入れた鞄を置き、デスクの引き出しから
晴野の準備が整ったのを見て、
資料を広げて発言する。
「――結論から言うと、晴野の考察は当たりだった。」
教団の本拠地となっている寺は、以前は休眠状態の単一の寺だった。
その寺を守っていたのは高齢の僧侶。施設に入る直前で、なおかつ後継者が居なかった。
教祖は担い手が居ない寺を上手く騙して買い取り、今の形になっていた。
「やっぱりかー。とりあえず、証拠1だね。」
晴野は納得していた。
「ああ。――次に、教祖の身辺調査の結果だ。教祖自身の身辺調査では、金銭問題と女性関係のトラブルが目立った。」
「だろうな。」
晴野の意見に同じく、想像通りの展開だった。
これは教祖の様子を見てればわかるので、資料を渡して軽めに流す。
「次は教祖の経歴だ。これは少し意外だった。」
「ほうほう。」
「教祖は前職が本物のカウンセラーだった。」
教祖は大学院を卒業後、臨床心理士の資格を取得。
その後、心療内科や精神科でカウンセラーとして働いていた。
「おっまえ、プロだったのかよ!!そりゃ丸め込めるだろうよ!!!」
晴野は経歴を見て驚いていた。
ホームページの経歴に「元カウンセラー」とあったが、書き方が悪く、スピリチュアル系のカウンセラーと判別がつかなかったのだ。わざとそうさせているのかもしれないが。
「恐らく、教団内の調査が上手くいかないのは
「あーねー。キャリーに詰めたり、埋めたり沈めたりねー。」
晴野は死体の処理方法を口にした。
だが、確証はない。公安ですら掴めていないのだ。……これから潜入で明らかにしていく必要があった。
「あと、何度か転職していた。」
「あー、まぁ、人間関係とかスキルアップもあるだろうし…転職はするわなー…。カウンセラーは相当病むって聞くし。」
「ああ。このころには既に複数の神社や寺院とも交流を持っていたようだ。スピリチュアル系のコミュニティとも関わっていた。」
「…教祖自身が病んだのか、患者理解の為なのか……。」
晴野は当時の教祖(仕事には真面目だった?)に思いをはせる。
だが、この後晴野の想像とは違う方向に話しが進む。
「そして、最後の病院を辞めたのと同時期に
「まてまて修行はどうした!?仏教系の大学とか通わねぇの!?突然の
晴野はツッコミを入れた。
同じ聖職者の道を辿った者(晴野はまだ途中だが)として、とても気になったのだろう。
通常、聖職者になるには大学や養成所に通って資格を取るのが一番良いとされている。
晴野が通っている神道系の大学以外に、仏教やキリスト教もそれぞれ学校があり、同じように卒業時点で聖職者としての位を授かることができる場合が多い。
キリスト教系――神父や牧師などは学校に通わなければならない。
キリスト教系は洗礼を受けてから一定の期間が経過後に、所属している教会から推薦を受けて神学校や聖書学校に通う。
勉強していくなかで神さまからの召命を頂き次第、聖職者として働くことができる。
聖職者として働けるかどうかは、神様次第でもあるのだ。
神社――神職は必ずしも推薦をうける必要はない。学校も同じだ。
だが、学校に通うほうが良いとされている。
たたき上げだとしんどいし、宮司の子どもではない限り絶望的だ。また、階位や階級を上げるのに手間も時間もかかりすぎる。
大学や養成所に通えば資格が取れ、学歴も併せて獲得できる。奉職(就職)先も見つかる場合が多い。
ゆえに、学校に通うほうがメリットが大きいのだ。
ただ、女性神職の場合は就職は厳しいようだ。
古い時代には神事に従事する女性は数多く居たが段々と減っていき、特に明治以降戦前までの間は男性神職しか居なかったのだ。
女性神職が認められたのは、戦後の神社の担い手不足が始まりだ。未だに男性しか求人が無い神社も存在する。
……晴野は奉職先があるのだろうか。というか、本当に奉職する気、あるのか?――今は気にしないでおこう。
「
「へ!?何それ!?――修行は……!?」
「……公安からの回答に記載はなかった。恐らくしていない。」
仏教――僧侶は大学に通わなくても、弟子入りすれば修行ができる。
修行の期間や内容は宗派によって変わるようだ。
つまり、修行ガチ勢か緩いかは――寺院と宗派次第なのだ。
だが、住職(寺院の経営をするお坊さん)になる方法は仏教系の学校で学ぶか、世襲制の指名の2択だ。基本的には大学に通う場合が多い。
教祖は晴野のようなきちんとした学校に通ったわけではなく、簡易的なスクールで1年ほどで
簡単に知識を詰め込んだだけで、仏教ガチ勢がするようなちゃんとした修行はしていないようだ。……きっと、
「おいおいおいおい……。ヤブじゃねぇ??さらっと勉強しただけだろ!?」
晴野の顔は引きつっている。
…晴野の言いたいことはものすごくわかる。
現に、仏教系の大学を出るのを求めているところもある。厳しいところは厳しいし、ちゃんとしている。
だが、修行も
「俺もそう思うが……きっと、仏教の世界に飛び込む人の為の、簡易的なスクールだったんだろう。問題はこの後だ。」
「ヲイ。」
「……続けるぞ。」
その後交流があった寺のうちの1つを運営していた住職(寺のもとの持ち主)に、後継者(次の住職)として任命してもらい、寺を買取っていた。
…とんだ詐欺である。真面目にやっている僧侶や、仏教系の大学生に助走付きで殴られてしまえ。
他宗教で頑張っている宗教人も信者も、一緒に殴りに行って欲しいレベルだ。
「詐欺じゃねーか。これ、ガ〇ジーでも助走付けて殴るレベルじゃね?ついでに私も殴ってよくねぇ??霧島サブ(敬虔なるクリスチャン)も誘おうぜ……。十字架フルスイングしようぜ……。」
「ああ。本当に。俺も同じようなことを思った。」
最初から狙っていたのだろう。
宗派を合わせ、寺と交流をしながら得度を取り、単一の宗教法人格を持った寺の後継者として任命してもらう。
かなり計画的だった。教祖の経歴と財力と、包括されていない単一の寺だからこそ出来る芸当でもあった。
最悪なマッチングの完成である。
寺獲得後だが、恐らく想像通りだろう。
最初は寺として活動していたようだが、数か月後にはカルトの原型に変わっていた。
1年後には教団施設が立ち、隣の土地も買取って信者の棟にし、寺は隅に追いやられ、ほとんど今と変わらない状態になっていた。
教祖はもとよりスピリチュアルに興味があったようだ。
カウンセラーとして働く傍ら、各宗教やスピリチュアル系のコミュニティーに顔を出していたらしい。
そのせいもあるのだろう。結果、今のようなめちゃくちゃな教義が完成していた。
「なぁ……。どうすんだよ、コレ。」
晴野は絶望の表情を浮かべる。
「宗教的に見るとほぼほぼ無免許なうえに、
「言いたいことはわかる。とりあえず、今回の表向きの調査で詐欺の疑惑は行けそうだ。…問題は訴える側が認知症で施設に入っている点だが。」
そう。被害者が訴えない限り、教祖を引っ張ることは出来ないのだ。
晴野は力なく机に突っ伏した。
「それ、無理じゃんー……。被害届出せないパターンじゃんー……。詰んだー……。」
「……俺から言えるのは、潜入頑張ってくれということだけだ。現状【求む被害者!もしくは告発者!】といった感じなんだ。」
「くっそー……。やっぱり【表】からは駄目だったじゃんよ……。倉木のアホー……。」
晴野は机に突っ伏したまま、恨み言を言いつつ机をぺしぺし叩く。
【表】の【倉木案件】は抜け穴を探す兼【裏】の【天道案件】から目を逸らさせるために動かし続ける予定だが……正直、お手上げだった。
その他諸々もかなり綺麗にやっており、手が出せないのである。
他力本願になるが、霧島と晴野に任せるしかなかった。
「この後9時には天道さんが
「りょ。あと15分くらいね。」
晴野は時計を確認し、
「すまない。頼んだ。」
機材をしまい終え、デスクに戻って諸々の確認を済ませた
時刻は8時55分。――
まだ来ていなかった
。