公安とスパイと (11月9日15:00~15:30)
文字数 2,169文字
「――クソ!!!」
公安部内事課に所属する
怒り任せに外壁を殴ったため、手の甲が出血した。
入り口付近に居た人は驚いており、微妙な視線を感じる。
いつも冷静に振る舞い、行動する。何もかもあっさりしているのが持ち味だ。
だが、今回は感情が表に出てしまった。
無理もないだろう。
だって――何者かの指示のせいで
先に安在を見つけた【裏】の班から「刃物を購入した」という情報提供がきた。
急いで向かったものの、到着時には安在がアレクセイを刺して警備員に取り押さえられていた。
間に合わなかったのだ。
今回の一件は、特捜を絡めた円滑な情報運用のモデルケースになる予定だった。
公安は特捜ができたところで秘密主義は変わらず、情報が分断されている。
情報の共有に納得していない上司は未だに多く、特捜ができた後も捜査で無駄足を踏むことが多い。
それを変えるための一歩――公安を含む上層部に対する、
阿久津が絡んでいたというトラブルはあったが、
また、
途中までは上手くいっていた。
それなのに、このザマである。
どこから
邪魔が入った?関係者が多すぎて分からない。
どこから
動きが漏れた?これも、関係者が多すぎて分からない。
というか、【裏】からの連絡を何度かもみ消したり、スルーしたやつ居るだろ!?
絶対に円滑な情報運用反対派の誰かが横槍入れただろ!!
倉木(天笠)と天道周辺は色々ごちゃついていて厄介だし!?
安直に見張りを置いた倉木(天笠)が
派閥が絡んでいたらさらに人数増えるし!!
どこにもかしこにも裏切者がいるってか!?
対スパイだぞ!?
国家の危機だぞ!?
本当、いい加減にしてくれよ!!!!
実際、外交担当の警察官が大使館に抗議しても何もならなかった。
大使館の職員のルドルフ・ペトローヴィチ・バルバショフには「自分たちは外交官だ」「こちらが被害者だ」「関係ない」とばかり言われ、こちら側の要求をはね退けられてしまった。
挙句の果てには、なぜかこちらの責任にされるし!?
PNG取りやめになるし!?
何で、スパイ禁止法が無いんだよ!マジで!!!
あったとしても、外交官相手だと使えないだろうけどな!?
どこぞの阿呆のせいで今回の仕事を達成できないことへの悔しさと怒りが、斎藤の胸中を渦巻いていた。
「斎藤さん…これ以上は出来ることがありませんよ。残念ですが、帰りましょう。」
部下に諭され車に乗り、ひとまず分室へ戻ることになった。
「…今回の案件に関わった公安は、斎藤さんと同じ気持ちですよ」
邪魔をした犯人以外は、と車を運転しながら部下は呟いた。
――20XX年11月9日 15時30分 都内某病院 病室
「
声の主はヴラジーミル先輩だ。
室内に入ってくるや否や、満面の笑みで声をかけてきた。
ちなみに、「アリョーシャ」はアレクセイの愛称だ。
アレクセイはヴラジーミル先輩に言葉を返す。
「ヴラジーミル先輩。お疲れ様です。ええ、もちろん。軽傷ですよ。」
「それは良かった。
「こちらは訓練を受けたプロだというのに…。舐めてもらっては困りますよね。まぁ、そのお陰で上手くいったんですが。ふふ。」
「怪我で手打ちにさせる…こうも上手く行くとはね。バルバショフさんの手腕は見事だった。本当に笑いが止まらないよ!
バルバショフ――ルドルフ・ペトローヴィチ・バルバショフはアレクセイ達R国スパイの上司だ。
この計画を成功させるために、表に立って日本の警察と交渉してくれていた。
「いやぁ、事前に分かっていても防刃ベストが着れないのは悔しかったですが、任務の為です。まぁ、世界一の安全を誇る日本での攻撃手段なんて、たかが知れていますし、安全な任務でしたね。」
アレクセイが警戒していたのは主に3つ。
刃物で刺される、階段から突き落とされる、車道など危険な場所に着き飛ばされることだ。
日本という立地から、毒殺や射殺などを警戒しなくて済むのは本当に楽であった。
特に刃物なんて、証拠が残る上に、体の横にそらすか刺したままにしておけば簡単に死にはしないのだから。
実際、上手く避けつつ刺されたため、わき腹を軽く刺されただけだった。
命に別状はない。
全てが面白いくらいに、計算通りに事が進んだ。
「さて、退院後は即時出国になるから、今のうちに休んでおいてくれ。じゃぁな。」
「はい。先輩、ありがとうございました。」
本当に楽な任務だったと、アレクセイは思った。