それぞれの秘匿班 (12月9日16:30~16:55)
文字数 4,547文字
用意されていたパソコンを開き、電源を入れる。
もう1つの
USBを差し、テキストファイルを開く。
元々作っていたウイルスをほとんどそのまま使用する為、そんなに時間はかからない。
最後に、少しクリプターをいじればいいだけだ。
ウイルスが完成した。
メールアプリを立ち上げる。
1課2係7班の情報を横流ししようとする
入ってきたのは男性だった。
ガタイが良く、なぜか
晴野によく似ている
。「
渡してきた
ぞ。……良かったのか。」「…心配してるでしょ。無事がわかれば無茶しないはずだし。」
「そうか。……ああ、相変わらず
眠り姫
らしいぞ。一向に起きてこない。」「めっちゃ寝るなぁ……。私も他も、多くは盛ってないはずなんだけど。」
「俺はこの後、ザックたちと寝室で見張る。晴野――
妹
はどうする?」「
兄貴
が見張るなら大丈夫かな。私はここで「だと思って。食え。」
温かい。
ほぼ作りたてを、お弁当屋さんでテイクアウトしてくれたようだった。
さすが兄貴。相変わらず優しいわ。
「ありがと。食べるわ。」
「じゃぁ、俺はこれで――」
まって、と晴野は立ち去ろうとする兄を呼び止める。
心臓が早鐘を打つように鳴るが、どうしても晴野は聞いておきたかった。
「――なぁ、
兄貴
。……何者?…本当に自衛官
で良いんだよな?」「合ってるよ。俺の所属は
日本
。」「今まで聞けなかったけどさ……何で私を
「面白そうだったから。」
「おい。」
そんな理由で妹を
こんな世界
に引きずり込むなや。優しい兄貴だと思っていたが、一瞬にしてクソ兄貴に変わった気がする。
…いつか処す。
「それと――会えなくなるのが嫌だったから。…
晴野
これからもよろしく。」寂しそうに微笑んだ兄を見て、理由と
所属
がわかってしまった。もうこれ以上は聞いてはいけない。
晴野は笑顔を作り、返答する。
「そっか……これからもよろしく。
焔さん
。」晴野は残りの文章を速攻で仕上げ、裏切り者に送りつける。
マルウェア感染を狙っているので、クリックしてくればそれでいい。
また、仕込んだウイルスが自動的にこのパソコンに情報を転送してくれるよう
メッセージは数パターン作成し、2通目以降は違う角度から時間を空けて送信する予定だ。
ノートパソコンをシャットダウンし、机の上から足元におろす。
開いた机の上には兄が買ってきてくれた弁当を広げた。
中身はのり弁だった。
いただきますと言い、一口食べる。
――うん、おいしい。温かい。白身魚のフライとタルタル最高!!
隠れ家への移動や、雨宮に必要なものを揃えるのに時間がかかったこともあり、昼食の時間が取れていなかったのだ。
おなかがすいていたから本当に助かった。
あっという間に食べ終わってしまった。
ごちそうさまでしたと言い、晴野は息をつく。
今にも泣きそうだった。
兄貴め。
これからはITの時代だって言ってたくせに。
パソコンが使えるようになったほうが良いって、出た給料でノートパソコン買ってくれて、帰省したらその度にいろんなこと教えてくれたくせに。
自衛隊に転職して、情報部隊に所属したくせに。
そのはずだったのに。
最初は会えないのは、ただ自衛隊の仕事が忙しかったんだと思っていた。
でも、違った。
裏に所属すれば所属するほど、交友関係は断つ必要がある。
それは親族でも例外ではなく、一時期兄と連絡が取れなくなっていた時期があった。
家族の中で唯一まともなうえ、優しくしてもらっていたから、当時は凄くさみしかったことを覚えている。
味方が欲しくて、仲間が欲しくて、ネフィリムたちと遊んで補導されたのもこの時期だ。
だけど、私が特捜に入った数か月後、なぜか兄が特捜に来ていて再会ができた。
その後、
だけど、気付かないふりをしていた。
兄は――別班になっていたんだ。
私は1課2係7班員。上司は公安外事の天道。
言ってしまえば、私も浅い階層で似たようなことしてるし、仕事内容に不満はない。
さみしかったし、秘匿班で他人のように接せられて不安もあったけど――今は誇らしいや。
弁当のごみをまとめ、折り畳み式の机の上にパソコンを置き直す。
とりあえず、今できることを頑張ろう。
ここから数日が勝負だ。
1課2係7班のためにも、兄のためにも負けるわけにはいかない。
晴野は弁当のごみを捨てに、キッチンへと足を運んだ。
――20XX年12月9日 16時55分 青少年特殊捜査本部 会議室
階段で上がったのと、天道への説明に時間がかかったのもあり、会議室にたどり着いたのは5分前だった。
入室し、メンバーに挨拶をする。
「お疲れ様。
「……?はい。お疲れ様です。」
席につこうとすると、この
手招きされ、廊下までついていく。
「これを君に。」
「…DVDディスク…ですか……?」
差し出されたのは透明なケースに入ったDVDだった。
DVDにも画像や文字が印刷されておらず、片面が白いだけだった。
中身は何だろう?
疑問に思っていると、黒沢さんが説明してくれた。
「実は、私も中身を知らないんだ。」
「え?」
「
「そうですか。ありがとうございます。後で開いてみます。」
「――雨宮さんの連絡は、まだない感じかな?今のところ犯行声明などは出ていないようだけど、人身売買や臓器売買の可能性もある。…刑事1課の捜査本部すら立っていないようなんだよ。もしかして、もう戻ってきてたりする?」
――黒沢さんは、雨宮の行方だけわかっていない感じか?
どう切り返せばいいだろうか。
黒沢さんは裏に隠されていたとしても、必ずどこからか情報を取ってきてしまう。
隠しても無駄だろう……少しだけ正直に言ってみるか。
「はい。まだ見つかっていません。ですが――複数の
「!?待って、まさか
事前に拉致がわかっていた
ってこと!?」――あの黒沢さんが、内情を把握できていない!?
「……俺が知っているのはここまでです。…黒沢さん、俺は
内部犯
を疑っています――違いますよね
?」違うとは思うがこの人が敵だった場合、最悪だ。
「――私ではない。断じて特捜や
嘘はついていないだろう。
だが、黒沢さんが一切把握できていないのは異常だ。
闇が深そうだな。この案件。
……俺たちはただ、R国スパイのアレクセイにPNGを出したいだけなのに……。
少しへこんでいると、考え込んでいた黒沢さんが声をかけてくる。
「……
おかしな動き
があるのは知っているから、この「!……ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「ああ。ではまた会議後に。」
黒沢さんは会議室に戻っていった。
真っすぐ、目を見て見つめてくる。
彼女の名は
腰まである長い白髪に、ルビーのような赤色をした瞳の女の子だ。
雨宮と同じくらいの年頃だろうか。高校生くらいに見える。
髪型はコロコロ変わり、前回は三つ編みで、今日はハーフツインにしていた。
恐らくアルビノなのだが、日本人のアルビノの場合は色素の関係上大半がヘーゼル色の瞳、薄くなっても青色になるため、かなり珍しい。
特捜の制服(ネクタイと6ボックススカート)を着用しているため特捜メンバーだとはわかるが、彼女はいつも
所属を名乗らない
。そのため、
いつも急に気配なく現れては、こちらをじっと見つめて一言告げ、立ち去っていく。
独特な感性を持っているのか、急に縄跳びを始めたり、ペンデュラムを揺らしてみてはホワイトボードに落書きしたり、会議中に砂時計の落ちる砂を眺めてみたり、ブツブツ独りごとを言って動き回ったりと行動が全く読めない。
この前は床にホワイトボードマーカーで落書きをして、黒沢さんにやんわりと止められていた。
奇行が多い謎多き女子なので、あまり近づく人はいない様子だ。
ただ、黒沢さんとは波長が合うのか、よく一緒に居るところを見かける。
ただ、急に目の前に現れられるのが心臓に悪いだけで。
それ以外は特に何も思ってはいなかった。
桜は
「大丈夫。ぐっすり寝てる。……安全。」
「え?」
「班のモニターに…流せば……わかる。」
どうやらDVDのことを言っているようだ。
「戻り次第、班で流すことにする。ありがとう。」
「……
「え?」
「
繋がってる
。……みんな。…嵐も、雪も。雲も、霧も、天も。……全て。」桜は
嵐は嵐山、雪は雪平。雲は東雲で、霧は霧島。天は天道を指すのだろう。
…天道は「自分の
というか、今日はいつもに増して良く喋っている様子だ。
この子、長文の会話、できたのか……。
考えていると、桜は更に口を開く。
「
潰してる
…から……今は心配なし……。」「!!本当か!?……助かる。ありがとう。」
ついつい大きな声になってしまい、桜がびっくりしてしまった。
ビクッと体が震えた後、まん丸な目で固まっていた。
「あ……すまない。つい。かなりの懸念事項でもあったから……本当にすまない。」
桜はまん丸の瞳をしたまま、こくこく、と頷いた。
どうやら気分を害したわけでなく、ただ驚いていただけらしい。許してくれるようだ。
東雲のように聴覚過敏持ちではないようで良かった。
「……。」
「……。」
どうしよう。桜が無言になった。
「えーと……。あのー、お2人さん?お話しが済んだなら、会議をはじめても、いいかな?」
黒沢さんが会議室から廊下に出てきて、
「……。」
桜は無言で会議室に戻っていった。
完全に置いてけぼりである。
「…え。あ、戻ります……?」