裏側の考察 (12月9日14:00)
文字数 8,593文字
掃除
が終わり、班員はミーティングルームに集まった。幸いにも盗聴器などは設置されていなかった。
話し合いができる時間は残り1時間半。
今のうちに全て詰めておきたかった。
「では、ミーティングを始める。議題は誘拐事件とそれらに関与しているであろう情報、怪しい動きがあった者の報告などだ。恐らく内部も関わっているはずだから、些細な情報でも共有してくれると助かる。また、誘拐に関して新着情報が入った場合は、それについても話し合いたい。――よろしく頼む。」
「なら、僕からのほうが良いかもね。ただし、これは秘密にしておいてほしい。
「わかった。天道には明かさない様にしよう。」
「ありがとう。
「…え。……富裕層だとは思っていたが…まさかの西園寺グループ…。」
「あら…。ピンポイントねぇ…。しかもテロリストまで…。」
「ん!?
西園寺
!??」「…本当にお嬢様だったんですね…。」
西園寺グループといえば、知らない人はいない大企業だ。
それに、前回PNG計画時の
普通、親族が絡んでいる事件からは外される。
警察の暗黙のルールなのに、なぜか雨宮は事件に関わっている。――知らなかったのか?それともわざとか?
「えっと、僕もはじめて知った時は驚いたし、
「そう…なのか。」
1ヶ月以上前じゃないか。
だが、護衛が目的なら知っていて当然だと思い直した。
「うん。個人情報だから言えなかった。ごめんなさい。」
「いや、確かに俺でも言えない。…ただ、天道さんへの伏せ方は少し考えさせてくれ。事件の根幹に関わりすぎているから、言い方を工夫したい。」
「わかった。そうして。…えっと、続けるね?」
「前回も今回も、僕の居る
なぜか誘拐された
。」東雲は一呼吸おいて、再度話し出す。
「
今回の誘拐の危険度は低いはずだった
。警察――主に公安が使う用語だ。
嵐山が考えながら発言する。
「…
今回は
誘拐はそんなに危険視されていなかったのね。」「うん。だからこそ――考えれば考えるほど、おかしな点があるんだ。秘匿班から回ってきた情報なんだけど、3人ともスマートフォンを手放していたんだよ。
公安が荷物を預かる
という形でスマートフォンと対象者が離れている
んだ。その直後に誘拐された。だから――僕は護衛していた公安が怪しいと思っている。…繋がってるでしょ、犯人と。さらに、確かに、全員のスマートフォンを公安が持っているのはおかしいと思っていた。
遠隔で監視がついているなら、なおさら手放させないはずである。
――内部が絡んでいる。
確信犯だろう。一気に今回の誘拐が怪しくなった。
「テロリストの格言…というか、合言葉を思い出してほしいんだけど。テロリストはいつも【全ての富を貧しい者に。団結せよ】と言ってるよね?……これってさ、西園寺グループが富の象徴として狙われたっていう事を示す証拠じゃないかなって、僕は思うんだ。だから、この誘拐の目的は、あくまで西園寺グループの子どもたち。R国スパイが関わっているのは、あくまでコミンテルンの支援と、西園寺グループの情報欲しさ。特捜は関係ない――そう、思っているよ。」
「…晴野の
「晴野の
「なるほどな…。」
「次、僕でも良いか?
「霧島サブリーダ、お願いします。」
「まず――お前ら楽観視しすぎ。晴野の実力、誰も正確に把握してねぇだろうが。だからこそ、晴野についての考察と、成功と失敗したパターンの両方見ていくぞ。」
「晴野についての考察だが――僕は、晴野裏切り者説を推すね。R国スパイと繋がっているというよりかは第三勢力寄りだとは思うし、そうであって欲しいが。…理由は実力が不明なのと、タイミングが良すぎる上に、事前にわかって動いていた節が散見されるから。ポイントは7つ。」
霧島は左手の親指を立てる。
海外風の数え方だ。日本ではあまり見かけないから、違和感を覚えてしまう。
「1、晴野は実習後神社に立ち寄った。…なぜだ?普通、安全の問題で許可なんて下りない。なのに、神社に行ってお守り受けて帰ってきたんだぞ?おかしくないか?…何者かが司令を出すために立ち寄らせた可能性が高い。アナログな接触方法をする必要性、あるのか?スマホでいいだろ。それに――物理的な接触方法はスパイが良く使う手段だ。…疑ってしまうんだよ。」
霧島は人差し指を立てる。
「2、お守りを雨宮に渡していること。ただのエールのつもりなのかもしれないが、好みを把握したうえで用意し、常に身に着けるように言っていただろ?僕はこのお守りの中に発信機が入っていたと考えている。理由は5で話す。」
霧島は中指を立てる。
「3、今朝の晴野の行動がおかしい。雨宮の
衿は曲がっていなかった
。それに…衿を直しながら、衿の裏に何か仕込んでいた。恐らくこれも発信機だ。」霧島は薬指を立てる。
「4、晴野の手際が良すぎる。発信機は用意周到すぎるし、衿に着ける時の
手際が良すぎた
。アイツ、何でスパイのような動きができるんだ
?僕と同じように公安系に鍛えられているならわかるが……実力を隠している理由がスパイ技術持ちで、特捜に入り込んでました、とかだったら笑えないぞ。…本当にR国スパイと繋がってないだろうな…。別の国だとしても、怖すぎるから辞めてくれよ…頼むから日本であってくれ。マジで。」霧島は小指を立てる。
「5、晴野が武器を持って行こうとしていたこと。誘拐を企てているテロリスト相手に、カーチェイスしながら特攻かけに行く気満々だっただろ、絶対。ハリウッド映画かよ。…大体な?事前に戦闘が予測できる、時間指定の発信機だらけの護衛って何だよ。そんな仕事こっちが知りたいわ。」
霧島は右手の親指を立てる。
「6、晴野のパソコンに表示されていた点の数が、スマートフォンと発信機と思われるものを足した数と一致する。これほど仕込むのは異常だろ。普通は発信機を仕掛けても1個だ。バレる危険性が増えるのに複数仕込むとか、狂気の沙汰だわ。しかも、
霧島は人差し指を立てる。
「7、音信不通で、帰ってこねぇ!!発信機の情報も綺麗に隠蔽しやがって!!絶対テロリストの代わりに、別の目的で誘拐してんだろが!!違うなら無事とか何か一言寄こしやがれ!!言えなくても、せめて
霧島の考察は、どれもごもっともだった。
やはり、今朝の雨宮の衿は曲がってはいなかったようだ。
渦雷たちが感じていた違和感は正解だった。
「次に、晴野が奪還に成功したパターンだが…晴野裏切り者説で行くぞ。まず、雨宮を奪還後、堂々と拉致すると思う。行く前にウエストポーチを持って行っていた。あの中に銃以外の武器は入れているだろうから、スタンガンが入っていてもおかしくはない。…そして、第三勢力の所に雨宮を連れていく。目が覚めた雨宮は抵抗し、晴野の裏切りを知り――口を割らずに死ぬ。兄弟が解放されていない場合は、兄弟を人質に取り、口を割らせようとするだろうな。…特捜の情報は晴野を通してバレているだろうから、雨宮から引き出す情報は【所属している
霧島が一呼吸を置き、続ける。
「…晴野はいつも適当に振舞っていて、
本性が見えない
。今回の案件が始まる前までは、そういうヤツだと思っていたが……もし、晴野の本性が血も涙もない冷酷女だったら、更に最悪だ。特捜の個人データをハッキングして、持ち出している可能性だってあるからな。晴野は東雲とネフィリムと同等の実力を持つ、ハッカーだぞ。…今回の件で、一番敵に回したくないって思ったわ。天道がいつも晴野に苦手意識を向けてんのが理解できた。…マジで怖いわ、晴野。」「最後に、晴野が奪還に失敗したパターンだが…晴野が味方だった場合、最悪だ。待ち構えているのはテロリストとR国スパイ。
霧島が一呼吸を置き、続ける。
「それに、拷問に耐えきるのは雨宮では無理だ。――兄たちの無事と引き換えに、素直に吐くだろう。だが、向こうはそんな優しくないから、手のひらを返して殺されるか一生利用されるかのどちらかだろうけどな。晴野は情報がばれた時点で、知らぬ存ぜぬが通用しなくなるから、終わりだ。恐らく、晴野自体には価値を見出さない可能性が高いだろう。ごく普通の一般庶民っぽいし。ハッカーの実力も隠しそうだし。……生かされたとしても、晴野なら気力さえあればどこかで復讐するだろう。そして――次は僕らだ。アレクセイのPNG発行に関わっているということもバレるだろうから、初っ端から拷問祭りだろうよ。
霧島の予測はゾッとするものだった。
だが、現実味が薄い部分もあるのでは?と渦雷は思ったので、聞いてみることにした。
「霧島サブリーダー…本当に拷問までやるのか?この現代で?殺しも……現実であり得るものなのか?」
「
お話し
の手段だ。……僕が軽く体験済みだ。…うん。これ以上は聞かないでくれ。」――は?
――霧島サブリーダー、まさかの実体験済み!?
「ど、どんだけ死線かいくぐってるの…!?こ、こここ怖すぎなんだけど!?よく生きてたね!?」
嵐山も雪平も顔色が悪い。俺もぞっとした。
……霧島サブリーダー、よく生きてたな…。
何かの拍子で、霧島の体に傷を見つけることがあったとしても、絶対に触れないでおこうと思う。
「もし、楽観視していいなら――晴野たち秘匿班がそれぞれ暴れて、裏切り者を狩りまくって、明日くらいに笑いながら雨宮と戻って来て、天道に車の件で怒られて大喧嘩をする。…これが一番平和で安心できるんだけどな。…世の中、そんな簡単には行かないだろ。最悪のケースまで行くかはわからないが、東雲の話を聞いて、一方的に安全だと判断して構えるのは違うと思う。あと、さっき気付いたんだが――悪いが、
僕も狙われるかもしれない
。」――なぜ霧島が狙われるんだ?
霧島は、天道が持つ
それだとかなり厄介だ。
「え。なぜ。天道の弟子だから?」
「弟子じゃねぇ。…My mother…あー、僕の
母親
が…西園寺グループ社長の姉
なんだよ。父親と駆け落ち同然でイギリスに行ったから、日本の血縁者とは今まで関わりが無かったんだ。……東雲の話ではじめて知ったけど――雨宮、まさかのどんな確率だ。
雨宮の本名を聞いたとき、霧島だけ反応が微妙に違ったが――どうやら、血縁者だったから驚いていたらしい。
霧島は感情の整理が追いついていないようだった。
「……戻ってきたら、雨宮の
「いらないだろ。それに、言う必要もないんじゃないか?特捜は本名禁止のルールだし。今回は雨宮の本名と家を知ってしまったが。」
「えー。言わないんですか……。まぁ、確かにそうですけど。」
「ご両親が何かの拍子に日本に来て、雨宮の家族と会ったときが見物ね。」
「……まさかのドッキリ企画になってる……?」
「あー。万が一そうなることがあったら、事前に明かすことにするわ……。んで?他のメンバーは、今回のことをどう思ってんの?」
霧島は班員に切り返した。
雪平が答える。
「僕は――晴野さんは味方で、奪還成功後に潜伏する説ですね。表裏の、しかも大掛かりな作戦にバックアップを用意しないなんて、あり得ませんから。だから、晴野さんは成功してるし、雨宮さんと一緒に居ると考えます。ただし、
続けて、嵐山が答える。
「私は晴野は味方で、今日明日で戻ってくるか連絡がつくかのどちらかね。情報共有後にこちらから味方を通して仕掛けたほうが、
最後に
「俺は雪平と同じように、晴野が味方で奪還後に潜伏する説を推す。そして、
渦雷は少し涙目だった。
霧島の話で誘拐のリスクを軽めに見積もっていたことに気付き、晴野たちの状況にかなり不安になっていた。
渦雷自身が誘拐に無縁だったこともあるだろう。
だが、天道さんの
あの
一瞬の切り替わりの意味を、上辺だけでもわかった気がする。「えーと、渦雷リーダー……大丈夫か?その、怖がらせたかもしれないが、リスクを把握する意味で言っただけだから。晴野ならきっと笑いながら雨宮と戻ってくるだろ?…うん。そうに違いない。大丈夫大丈夫。アイツ、いっつもノリに任せて行動する、適当なヤツじゃん。」
渦雷は感情があまりなく、恐らく感情面の発達(感情の豊かさに関して)が人より遅いのだろう。
霧島は渦雷のメンタルケアに務めることになった。
対して、東雲は今後のことを考えて唸っていた。
嵐山が切り出す。
「さて、これ……天道にどこまで話す?――どこ切り抜いても地獄よね。」
「
「僕は天道を信用しても良いと思っているが、余計な行動が多いからそこが心配。大事な部分はしょって言ったとしても、つぎはぎだらけで意味通じそうか?」
東雲が嵐山に同意した。霧島も説明に悩んでいる。
雪平は渦雷に聞く。
「伏せ方が厳しい部分がありますよね……。どうしますか?」
「……雨宮に関してはご家庭の事情で狙われた。晴野は多分、天道の車で雨宮を奪還しているはずだが、
「綺麗にまとめたなー。根拠聞かれても答えられないが。」
「そうね。これで行きましょう。これ以上言えないわ。」
「良い感じですね。あ、僕、調査部に雨宮さんたちの護衛をしていた公安の人の名簿を送ってもらえるよう、頼んでみますね。」
霧島、嵐山、雪平は説明に賛同した。
「そう言うしかないと思うよ。…あ、僕から別件で補足。
掃除
と、人の出入りの都度の掃除
、必ず2人くらいはオフィスに残るのを続けよう。」候補は絞れているらしい。
十分気を付けるようにしよう。
「んー。僕からは特にないですが、最近スパイやテロリストの入国が多いみたいです。どこで繋がっているかわかりませんので、気を付けておくに越したことは無いでしょうね。…まぁ、いつもの通りなのですが。」
雪平は公安の情報を伝えてくれた。
元々入ってきていたようだが、最近は公安が尾行する入国者が増加しているようだ。
アレクセイの仲間も入ってきている可能性がある。気を付けたい。
「私からの補足や情報はないわね。」
「僕もないな。」
「俺もない。――他になければミーティングを終了するが、いいだろうか?」
嵐山と霧島、渦雷は共有できるような情報は持っていなかった。
「なら、天道が戻る前にお昼ごはんにするか。武装待機で食べれていなかっただろ。」
「そうね。昨日の残りの鍋にを温めてくるわね。」
「嵐山さん、お願いします。僕は調査部にメッセージ送ってきます。」
「確かにおなかすいたね。緊張感で忘れてた。……僕、机拭くね。」
「そうだな。武装は夜までこのままにしておこう。俺もデスクでメッセージを確認してくる。解散。」
やることを決め、各自解散する。
天道が来るまでの間に、遅めのお昼ご飯を食べる