上司の思惑と考察 (12月23日12:30~14:00)
文字数 4,806文字
警視総監に
干されそう
なのだ。班内に監視を入れた所までは良かった。
だが、PNGリベンジマッチの際、倉木は警視総監に切り捨てられかけたのだ。
部下に裏切り者が居たのは知らされていなくて。
以前に班に監視を置いたことで、公安からは更に疑われた。
この一件で、自分は警視総監の捨て駒だという事実を…嫌というほど思い知った。
「え?裏切り者として処分されかけた?……君なら大丈夫だと思っていたんだ。次はカルトだな。難しいと思うが、上手くやってくれ。」
取り入ったはずだった。
本心を隠して、しっかり働いて……信用を得たはずだった。
だが、甘かったらしい。
警視総監に干されたら、復讐できなくなる。
何のために
――今回の案件の成功で信頼を取り戻さないと。利益になると示さなければ。
それには1課2係7班の力が必要になる。
だが、今のままでは協力を得られないだろう。
最近、1課2係7班から【
倉木は本名だ。特捜と関わる上で
だが、班員からはなぜか初対面から信頼されず、後に「倉木」と呼ばれるようになってしまった。……まるで、「自分たちの上司(天)ではない」と言うかのように。
あの監視は
倉木の計画の為
にも、警視総監の為
にも必要だったから仕方がなかった。警視総監に従順であることを示す必要があったのだ。
…こちらも信頼回復が必要だ。
――やることが多いな。
もう、これ以上失態を重ねるわけにはいかない。
倉木は
左胸の少し下あたり
に手を当て、深呼吸する。人は1度なら印象を変えることができる。
「最初悪い人だと思っていたけど、この人まともじゃん。てか、
良い人
じゃん!」と思うことは日常生活でよくあるだろう。そのために最初
わざと下げた
部分もある。そのためのカードも用意している。…挽回はここからだ。倉木は今回の案件成功と、2月からの班の運営に全てを賭けるのだった。
最後に勝つのは――
自分だ
。――20XX年12月23日 14時00分 都内某所 分室
点検消毒は既に済ませている。
天道は合鍵で203号室の玄関を開けて、中に入る。
内装は1K。
奥の6畳ほどの室内には、ローテーブルと座布団が用意されている。
最低限の物しか置かれていない、殺風景な部屋だった。
「お、いらっしゃい!時間ぴったりだな!――で、どうなった?」
靴を脱ぐと、男に声をかけられた。――警視庁
ラムダは天道の来年2月からの上司(新上司)であり、来年6月から1課2係7班を天道と共に運用する人物でもある。
楽しそうな笑みで聞いてきた。
天道は一瞥し、姿勢を正して回答する。
「例の
「――ん!?待て、何があった。」
「色々
変更が多い
だけです。問題はありません。」焦るラムダに天道は冷静に切り返す。
天道は奥の部屋に移動し、ビジネスバッグを開く。
中からバインダーを開け、見やすいようにテーブルに書類を広げた。
この書類は潜入に当たって用意していたものだ。
そして、先ほどの1課2係7班とのミーティングで決まったことが書き込まれていた。
ラムダに促され、対面に座る。
資料を見たラムダは笑いだした。
「待って、コレ、マジ!?面白過ぎるんだけど!!ふはっwwwwマジかwwwww」
潜入担当には変更はなかったが、内容に大幅な変更があった。
潜入班以外は倉木の案件を遂行し、表で目立つ行動をとる。……チームワークが凄かった。想像以上の結託っぷりだ。
そして晴野は――公安と接触する。
パパ活という体で
。「待ってwwwパパ活って何だよwwwww予算食い潰すって何wwww」
「しかも買ってもらったブランド物は、フリマアプリで売ってお布施に転用です。」
「おーおーやるなぁwww綺麗に
回した
なぁwwwww」ラムダはとても楽しそうだ。来年6月以降の運用が楽しみなのだろう。
出来ること、運用の癖などを今回の件で探るつもりなのだろう。資料を見ながらニヤついていた。
「だけど、設定が
逆転した
か。…晴野ちゃん、大丈夫そうか?難しんじゃないか?」資料を見ながらラムダが天道に問う。
設定に不安があるようだ。
天道は表情を変えずに回答する。
「…晴野の家は複数回再婚ありの毒親毒大家族だったようです。だからこそ今回の設定のほうが自然で、唯一まともだった兄――
天道の回答を受け、ラムダの顔色ががらりと変わる。
「――後で
「賢明な判断かと。」
ラムダは資料を机に置き、息を吐き出す。
「……まぁ、その様子なら、ちゃんと話せたようだな。安心したわ。」
実は腹を割って話すよう指示を出したのはラムダだ。
班員との溝が大きかったため、上司命令で話し合いを
強制した
のだ。「そのことなのですが……。まず、こちらを見てもらえませんか?」
天道はラムダに別の資料――班員の情報が書かれた資料を提示する。
ラムダは手に取り、資料に目を通す。
「お、班員の資料じゃん。ちゃんと書き込みしてんじゃん~!」
「……この資料、ラムダさんが以前こっそり見たものと
差異はありませんか
?」ラムダは動きを止め、天道を見つめる。
「――
どういう意味
だ?」天道もラムダを真っすぐ見つめ返し、確信する。
「まず、晴野の資料のスキル欄をご覧ください。――これで大体分かるでしょう。」
「晴野ちゃんの?――は?」
そこにはハッキングの文字が一切記載がなかった。
「これは俺が最初に
差異はありませんか
?」「……差異はない。言われてみれば……俺も晴野ちゃんのスキル欄に、ハッキングの文字は見ていなかった。そのあと知ったから記載がなかったとか、単に情報が更新されていなかったのだと思ってたんだが、違うのか?」
ラムダがこっそり見たのは、特捜の資料庫のものだ。
厳重管理されているので、別方向から手を回して入り込んだのだ。
だからこそ、天道が貰ったものより正確な情報が記載されている可能性が高かった。
不思議な表情をするラムダに、天道は至極冷静に言葉を返す。
「
ハッキングして補導された
事のようです。」「は!?
元々ハッキングスキルを持っていた
ってことか!?」ラムダは驚いた。
「なのに、記載がありませんでした。当然俺も知り得なかったので、晴野を情報班員から外し、オペレーターに付けました。」
天道は晴野の配置変更の理由をラムダに告げた。
「次に霧島ですが、スキルの半分が消されていると言っていました。」
「半分も!?」
「
「は!?志望動機!?一番関係なさそうじゃね!?……何書いた、マジで。」
「一般的なことだそうですが、詳しくは聞き出せませんでした。」
「……なぁ……この資料って……。」
「恐らく。
そう
なんでしょう。」「はは…上司用の公開資料が全く持って信用できないとか、クッソウケるわぁー……。」
ラムダは腕で目を覆い、天を仰ぐ。
これで「円滑な共有共有」を謳って設立された組織なのだ。お笑いだろう。
「……まぁ、いい。恐らく晴野ちゃんの実力に関して知っているのは、
「一度
「敵?味方?」
「恐らく中立でしょう。ただ、その際の調査対象が
「なるほどねぇ……。あー、めんどくせ。」
ラムダは思考を巡らせる。
対して、天道は言いにくそうに口を開いた。
「……最後に、新上司の選定の件ですが……。」
「ん?何かあった?」
しどろもどろになりながら、資料を机の上に広げた天道に、ラムダが聞き返す。
天道は目を伏せ、告げる。
「……対倉木兵器としては優秀ですが、表は綺麗で裏が歪みまくってる人選だったようです。」
一瞬、時間が止まった。
「……は?それ、どこ情報?何もなかったはずなんだけど。」
拘束が解けたラムダが、混乱を隠しながら聞いてくる。
「晴野です。かなり裏事情に詳しい人と通じているようで、そこから得ている情報のようです。ちなみに最近ではなく、8月よりも前から聞いていました。時期的に情報操作ではないでしょう。」
「――なぁ、晴野ちゃんって、
何者
?…信用して良いカンジなの?」「――班員に対しては裏切ることは無いでしょう。」
天道とラムダは見つめあい、無言になる。
嘘は言っていないようだ。
「……まさかの一番の
「まぁ、
「あー、班員第一の
「俺も上手く扱えていません。…正直、苦手です。」
「あー、うん。そんな気はしてた。」
室内に微妙な空気が漂う。
「上司候補は――まぁ…やっぱりそうなったか!はっはっはっww」
「一応ホワイトなの選んだはずやってんけど……。何でや……。」
笑うラムダに、天道は頭を抱えた。
「別にいいじゃん。ここぞとばかりに探りが入るのは
想定できていた
でしょ?」「……何で、ラムダさんは許可を出したんですか?実際、
俺の想定超えた
んですが。」天道は自分の詰めが甘かったことを後悔しつつ、ラムダに問うた。
心が広いのか、勉強のために許可したのか。あるいは――
「ん?俺も天道と同じだよ。倉木を追い出すというリターンが、班の中にスパイが入り込むというリスクを上回るなら、リスクに全力
「……はい。」
俺の勉強でもあったようだ。
今後はこの人の部下になるんだ。勉強させてもらおう。
ラムダは上司候補の資料を手に取り、天道に問う。
「――さて、俺はこの中から上司の選定に入って良いのか?」
「晴野
「わかった。選定に入るわ。」
ラムダは笑い、上司候補の資料を鞄の中にしまった。
班員のアイディアは面白い。恐らく彼らなら成功させるだろう。
今回の案件を成功させ、安全圏から倉木を排除し、6月からの班の運営に向かって動いていこう。
天道にももっと勉強してもらわねば。
成長を掴み取るのは本人次第ではあるが、成長の機会を与えるのは上司の仕事だ。
さぁ、最後に勝つのは――
俺だ
。