隠遁生活2日目開始 (12月10日7:00~7:45)
文字数 5,193文字
本日の服はシックな黒のワンピースだ。
ポイント使いされている同系色のレースがとても品が良い感じで、雨宮の好みドストライクだった。
防寒対策に、用意されていた黒の吸湿発熱タイツを履いていた。
……もう、何が出てきても驚きはしない。
雨宮は、晴野のホスピタリティが限界突破したと思うことにした。
リビングに入ると、今日は全員が私服だった。
なかなか見られない光景に、驚いてしまった。
調理を手伝っている晴野を見る。
朝ごはんは鮭おにぎり、だし巻き卵、ほうれん草のおひたし、味噌汁、緑茶だった。
雨宮も配膳を手伝い、席につく。
「あら?昨日いらっしゃったシルバーグレージュヘアの……ザック、だったかしら?がいらっしゃらないようですが……。」
「あー。ザックは仕事してるから、気にせず食べような。まぁ、そのうち帰ってくるだろ。」
雨宮の問いに
1人足りないようだが、いいらしい。
「いただきます。」
食べていると、不知火のスマートフォンが鳴った。
外をドアスコープで確認する。
帰ってきたのはザックだった。
雨宮はリビングに来たザックを見て驚愕する。
雨宮は昨晩の時点でザックのことを「髪色は自由だけれど、優しくて真面目そうな人。」「親しみやすい印象がある。」と感じていた。
だが――
――髪が……!?昨日までシルバーグレージュのショートヘアだったのに、真緑のオールバックになっていますわよ!!?しかも、服!!品が無いというかなんというか……あまり似合ってませんわよ……。
帰ってきたザックの印象は「ガラが悪い」である。
……ええ。実におガラが悪うございます、な感じだった。
ザックは昨日と見た目が違っていた。
ザックは切れ長の瞳が特徴的な、21歳の大学生だ。
ショートヘアをシルバーグレージュに染めている。明るさとしては光が当たるとシルバーに見える程度の落ち着いた色味だった。
服装は特捜の制服だったが、ボタンを上まで留めていた真面目スタイルだ。
ネクタイピンは上着の衿に付けていた。
……彼らの班ではネクタイピンはネクタイにつけないらしい。恐らく、1課2係7班のようにすると、動くたびに邪魔になるのだろう。所属は外回りが多い班なのだろうか?
だが、今朝はかなりガラが悪い見た目をしている。
シャンプーで落ちるタイプの1dayカラーワックスで髪を緑色にし、ショートヘアをオールバックにしていた。
服装はパンクテイスト。黒を基調としていて、緑が差し色になっている。
アクセサリーも多めだ。そして、どれもゴツい。
パンクが好きで着ている人とは違い、潜入先に合わせて適当にガラが悪く見えるものを選んで着ているため、近付きたくない印象だった。
そして、ザックからは酒の匂いがする。
近くで煙草を吸っていた人がいるのだろうか、酒以外にかすかに煙草の匂いもした。
いかにも夜通し遊んでいましたといわんばかりの……完璧な朝帰りだった。
――ありえない。あり得ませんわ……この人。
雨宮が絶句し訝しんでいると、晴野が語りかけてきた。
「雨ちー、雨ちー。昨日の説明で半グレが関わっているって言ったでしょ?ザッくんは今回の一件で、半グレやその近辺に潜入捜査をしているんだよね。
晴野が西園寺三兄妹に聞こえるよう解説する。
どうやら、晴野はザックのことを「ザッくん」と呼んでいるようだ。
ザックの服装と行動理由は潜入捜査。立派なお仕事だった。
雨宮も兄弟も納得した様子だった。
「左様でしたの……。ザック。疑ってしまい、申し訳ございませんでした。」
「気にしないでください。保護対象者にこのような姿を見せてしまい、申し訳ございません。驚かせてしまいましたね。それに、酒を飲んで夜通しバカ騒ぎに合わせていたのは事実なので。――いただきます。」
雨宮は素直に謝罪した。
ザックは雨宮に微笑みながら返答し、食事を開始した。
食事が終わり、食器を下げる。
食後、雨宮たちの護衛に2名残し、
だが、晴野は護衛側に残ろうとした。
護衛に知り合いがいたほうが良いと、気を使ってくれているのだろうか。
「晴野、お前リーダーなんだから参加しろ。」
「ええー……。」
「えーじゃない。行くぞ。」
晴野は焔に引きずられ、ミーティングルームへと連行される。
雨宮は、
「晴野……この
リーダー
だったんですの?」「はい。晴野さんはすごいですよ。リーダーとしても、相棒としても。」
女子の一人――
「あら、橘……。左様ですの?」
「晴野さんはリーダーシップを持ったリーダーなんです。必要な時には前に出て、必要ない時は後ろに下がる――
「まぁ……。私の班では晴野はオペレーターですので、想像がつきませんでした。晴野は私が知っている以上に能力が高いんですのね……。知りませんでしたわ。」
「私はこの秘匿班では晴野さんの相棒をさせてもらってますが、背中を預けられる存在です。……まぁ実際は、私の背中を預かってもらっているんですが。」
救出での戦闘を思い出した時に感じた通り、想像以上に晴野の実力は高いようだった。
班では意図的に実力を隠しているのかしら?
それとも、実力を出さないのは天道のせいなのかしら……?
雨宮が疑問に思っていると、もう1人の護衛役の男子――
「なにせ、あの晴野さんですからね。――皆さま、食後のお茶はいかがですか?」
これ以上は踏み込まないほうが良いのだろう。
「あら。でしたら、紅茶を。」
「私はコーヒーを。」
「僕もコーヒーをいただけますか?」
西園寺三兄妹は飲み物をオーダーした。
「承知いたしました。では、お湯を沸かしてまいります。――失礼いたします。」
如月は丁寧に対応し、キッチンへと向かった。
カウンターキッチンなので、視界の範囲での移動だ。
橘が口を開く。
「そうだ。もしよろしければ、後でダイヤモンドアートをしてみませんか?ずっとここに籠ることになりますし、気分転換にもなりますよ。」
ダイヤモンドアートとは、様々な色のストーンを紙に描かれた絵の指示通りに並べ、完成させるモザイク画のようなものだ。
完成した作品は飾ることもできる。
最近巷で流行している、暇つぶしにぴったりの趣味だ。
雨宮は興味はあったが、色々と忙しくて手を出せていなかった。
まさか、ここで体験できるとは――って、いったいどこまで調べてるんですのよ!?晴野!?ホスピタリティが限界突破していたとしても、これにはさすがに驚きますわよ!!?まるで、心が読まれているようではありませんか!!!
「まぁ……。噂には聞いたことあるのですが、実際にやってみたことはありませんのよ。ぜひ、体験してみたいですわ。」
雨宮は驚きと動揺を隠し、微笑み、返答する。
橘も微笑む。
「はい。では、後でお持ちしますね。お兄様方はいかがされますか?他にはチェス、オセロ、トランプ、将棋、写経、新聞、ジグソーパズルの用意がございます。」
橘は今度は兄に問うた。
恐らく兄様方なら、まず最初に新聞を選ぶだろう。
読み終えたら兄弟で将棋かチェスをすると思う。パズルにも手を出すかもしれない。
「私は新聞を――経済新聞があれば嬉しいのだが。」
「僕も新聞を。兄さんが読み終わった後でいいかな。」
兄2人は雨宮の予想通りの答えだった。
恐らく、こちらも見越して用意したのだろう。
「経済紙ですね。承知いたしました。他に必要なものがあればお申し付けください。可能な範囲で叶えられるよう、努めます。」
「何から何までありがとう。よろしく頼むよ。」
「ありがとうございます。」
「本当にありがとうございます。」
「いえ、仕事ですから。お気になさらず。」
礼を言われた橘はそう言い、会釈した。
――20XX年12月10日 7時45分 都内某所 マンションの一室
護衛の2名を残し、晴野たち秘匿班員はミーティングのため、マンションの部屋の1つに集まった。
「これよりミーティングを始める。まず、始めにみんなに礼を言いたい。昨日はよく頑張ってくれた。おかげで西園寺3兄妹を無事保護することができた。保護班、回収班、共によくやってくれたと思う。ありがとう。」
会話を一旦区切り、続ける。
「現在、西園寺3兄妹は強いストレスを感じていない様に思う。だが、今後息が詰まったり、学校のことを心配して不安にならないとも限らない。注意深く観察し、細やかなことでも共有するようにしてほしい。また、対処できる分には率先して傍にいる人がケアしに行ってくれ。」
「はい。」
今度は
「みんなもストレス溜まると思うけど、適度に任務のついでに外に出て発散してくれて構わない。ただし、行く時間は事前に決めて報告してくれな。あと、保護対象者には電子端末を渡すことはしないよう、再度徹底してくれ。情報を欲しがるだろうが、万が一外部と連絡を取り、そこから情報が敵に洩れたら大変なことになる。出来る限り外に目を向けさせないように対応してくれ。また、目の前でスマホを触るような行為も慎んでくれ。」
「はい。」
今度は
「実は昨晩、
「はい。」
今度は
「
「はい。」
今度は不知火が発言する。
「他に、何か全体で共有しておきたいことはあるか?あれば発言してくれ。――なさそうだな。よし。――
「あー……じゃぁ、個人的なことを。まず、晴野。お前は寝ろ。頭が回っていない状態で動かれたらこっちが困る。」
「――はい。……すみません。」
晴野は昨晩の
昨晩
「昨日も言ったけど、気にすんな。あまり思いつめるな。軽く考えろ。な?そんなことこっちは思ってねぇから。マジで。」
「――はい。」
晴野は凹んでいるが、声をかけたのが兄だったため、幾分か浮上した様子だ。
信頼関係って、大事だよなぁ……。
ひとまずこれで大丈夫だろう。
焔はザックに向き直り、発言する。
「次、ザック。
「はい。」
「あ。その間、他は外に出たかったら行ってこい。そのほうが双方にとってメリットあるだろ。」
夜勤(潜入捜査)明けのザックを、出来る限り静かな空間で眠らせてあげたかった。
リビングから最も遠い部屋に特捜男子部屋を充てているが、部屋に立ち入りがあったら眠れないと思っての気遣いだった。
また、リーダーである晴野が寝不足で判断力が鈍るのも回避しておきたかった。
数時間だけでもゆっくり寝かせてあげたかった。
「はい。時間決めたら報告して、外出します。」
「承知いたしました。」
班員は
「ありがとう。少し寝ます。」
「すまない。ありがとう。」
「夜勤お疲れ。15時にミーティングあるから、なるべく早めにちゃんと寝ろよ。」
「晴野さん、ゆっくり休んでくださいね。」
晴野とザックが班員に礼を言い、班員は両者を