恩返しと反撃を (12月15日16:20)
文字数 5,728文字
もちろん個室だ。
暇を持て余した顔だが、動くことは叶わない。
とにかく体が痛いのだ。
骨に複数ヒビが入っていたこともあり、数日間様子見で入院することになっていた。
……あれだけの暴力を受けておきながら、骨が折れていないとは。
さすが、天道であった。
天道はテーブルの上を見る。
班からのお見舞いのフルーツの籠が2つあった。
晴野のお見舞いには〔
誰が権三郎やねん。おちょくりよって……。助かったけどな。
本当に大変だった。
兄妹ではしゃぎながら突撃してきて、うるさくて敵わなかった。
「PNGを出したよん。天道さんの拉致で完全に詰めれました!あざっした!!」
「
などと口々に話して、話し終えたらさっさと帰っていった。なんやねん。
だが、情報は手に入った。
幾分かすっきりしたため、暇つぶしになったと思おう。
……めっちゃ暇や。筋トレしたい。
ぼーっと考えていると、入り口のドアがノックされた。
来客はラムダだ。
手には煎餅を持っていた。天道への差し入れのようだ。
「お疲れ様ー。っと……あれっ晴野ちゃんたちもう来てたの!?俺のほうが遅かったかー。まぁいいけど。」
ラムダはそう言い、テーブルの上に煎餅の箱を置いた。
天道はラムダに挨拶を返す。
「お疲れ様ですぅ。」
「本当、今回はよく頑張ってくれたね。助かったよ。」
「ようやった言いますけど、俺、ただ攫われてただけやんか。ピー〇姫ですやん……。」
天道は不満だった。ジト目でラムダを見やる。
仕事だとわかってはいたが、暴れたかったのだ。
というより「自分を使うなら暴れさせろ」が正しいだろうか。脳筋なのだ。
そんな天道の様子を見て、ラムダは苦笑する。
「いやぁ、でも君が居てくれてよかったよ。そして、君でよかった。――
「人事ぃ……?!
「そう。君を
部隊から公安に引き抜いた
のがまさか、ここで人事が関係してくるとは。
天道は歯噛みし、ラムダに本心を打ち明ける。
「……俺は部隊に戻りたい。現場で生きていたい。……
恐らく、今しか言えないだろうから。――そんな気がしたのだ。
天道の予感は正解だった。
ラムダは天道を真っすぐ見て、告げる。
「確かに君の希望とは少し違ったし、君と班員との間には隔たりがあったね。でも、あの班を阿久津に屈さずにあそこまで回せたら上等だ。だから――6月の異動で、君を
「は!?結局戻れんのんかい!!ざっけんな!!」
天道はキレた。
だが、ラムダは涼しい顔をしている。
その様子を見て、天道の怒りはヒートアップする。
なぁにが「禄でもない上から離れられる」や!
そっちの都合で拷問された挙句、希望も聞かず、勝手に移動先を決めるとか横暴やろが!!
せめて何らかの報酬は用意されるべきやろ!!!
天道の心境を知ってか知らずか、ラムダは今後の説明を進める。
「あ、上司は俺だよ。
ラムダは天道にとあるバインダーを渡す。
「はぁ!?遊ぶやて??」
ホンマ、意味わからん。
不満たらたらだったが一応コイツが次の上司らしいので、ファイルを素直に受け取る。
中を開くと社外秘の文字が。
渡されたのは名簿とプロフィールのようだった。
タイトルは――1課1係11班〜13班……!?
驚愕して目を見開いていると、ラムダからの説明が入る。
「来年研修生として入ってくる子たちだ。だいたいいつも2~3月に新人研修が入るだろ?数名の増減はあるだろうが、初期段階で君に3つの班を回してもらいたい。やることは研修だ。だが――これは君へのウォーミングアップを兼ねている。」
「……ウォーミングアップ??」
待て。意味が解らない。
1課1係は荒事上等の部隊系だ。
「君の仕事は4月末まで。その後は各班の上司が決定次第ついて回すことになる。君は並行していくつか研修を受けて貰って、5月には実地で研修を。6月の人事異動で
「ひとつ聞いてもええか?――何で俺にやらすん??
天道は聞いた。
本当に分からなかったのだ。
阿久津と倉木で色々と察していたラムダは、優しく微笑み、天道にこの采配の理由を告げる。
「理由は2つある。1つめは、未練が無いほうが後悔しなくて良いから。2つめは、君の上司としての素晴らしい目が――個人の能力を見抜き、適切に運用する力があるからだ。スタートは成功したほうが良い。だから、君に任せたい。」
天道は驚いた。
これ「報酬」か。
俺が部隊に戻れないならせめて、と願っていたことを。
実現させようと上に掛け合って……実際に通したのか、この人は!
阿久津と倉木では、こんなことにはならなかった。
何やこの人。めっちゃ上手に動かしますやん。
乗ろう。
どうせ逃げ場はない。
それならより幸せな地獄へと進みたい。
天道は目を閉じ、覚悟を決めて目を開く。
「――もう決まっとるんやろ?」
ラムダは口角を上げる。
なるほどな。
アレクセイの一件は、天道が
完敗だ。好きにせぇ。
「……わかりました。引き受けます。この後はどうなりますか?」
天道は新しい上司に敬語――共通語(東京弁)で答える。
これは天道なりの分別の付け方であり、上司へ対しての礼儀だった。
ラムダは一瞬驚いたが、すぐに表情を戻す。
「1月の終わりまでは
天道が
1課2係7班を回してほしい。君が1課1係を担当するのは2月からだ。」「次の上司は決まっていますか?」
「いや、今の段階では決まっていないかな。まぁ、順当にいけば……
聞き返してきた天道に、ラムダは言葉に詰まりながら答えた。
うん、かなり強烈だった。
不安だ。
本来なら任せたくはないが、なにせ権力がありすぎる。
「――だめです。アイツは合わん。班の崩壊待ったなしや……。――痛ぁ……。」
天道は頭を抱え、前かがみになる。
だが、傷に触ったらしく、後ろに倒れ込む。リクライニング式のベッドに受け止められていた。
……どうやら1課2係7班の子であっても御せなさそうである。
あー、うん。
好き好んで関わりたくない人種だしなぁ……。
もしかしたら、上司視点で何かヒントが見つかるかもしれない。
ラムダは天道に理由を聞いてみることにした。
「あー……。世渡りしか才能ないくらいに調子いいから?……実際、かなりヤバかったけど。班に乗り込んできたし。」
「って、やっぱ乗り込んできたんかい!!やりおったな!当然通報されたんやろな!?」
「あ、うん。ちゃんと通報してたよ。
「ある。大ありや。
「ん!?霧島くんってそんなに問題ある子なの?そうは見えなかったけど。」
ラムダの目には、霧島はかなりまともな部類に見えていた。
確かにプライドは高そうではあるが、その分かなりの実力者だ。
先ほどの
なぜ、彼はリーダーを否定される!?
リーダーシップを発揮して、班を引っ張るタイプのリーダーになれるんじゃないのか!?
だからこそ、
混乱するラムダに天道は静かに告げる。
「今はちゃう。初期に性格、だいっっっぶ矯正したさかい。……はぁ。」
「え。
矯正
!?」まて、元はどんなんだったんだ!?
気になるんだけど!!??
てか、天道、お前そんなことまでやってたのか!?
その割には班員との溝がデカすぎないか!?
あの班、マジでどうなってる!?
さらに混乱するラムダに、天道は静かに告げる。
「…霧島は素質はあるが、リーダーにはあとちょい足りひん。基本、リーダーシップがずば抜けとるだけやさかい。……それに、霧島は切り捨てる思考や。最悪、
「……調整すれば何とかなる感じなら、それでも良いんじゃない?」
現に、
「いっぱい勉強していってくれ!」とも言ってたし。
疑問の表情を浮かべていると、天道が部妙な表情で語りだす。
「いや…ていうか、リーダーより
マネージャーの適性が高すぎる
んよなぁ……。将来どっか移動先で班を持つ系の。最終的に警察とかに転職して、班を持って欲しい感じなんよなぁ…。」「あっちゃー……。彼、
管理者側
か。めちゃくちゃ有能そうだもんな。」「ああ。だからこそ、ものすごく人を見下していた。有能な
阿久津3号
になりそうなくらいに。」「……マジか……。」
どうやら初期の1課2係7班は色々とヤバかったようだ。
……今は結構仲良さそうだけどな。めっちゃ気になる。
けど、切り込むなら班員だろうな、コレ。
また探ってみるかー。
どうせ、
これからもっと深く関わっていく
し。「ラムダさん。……次の上司をこっちで決めてもいいですか。」
「何?
心当たり
あるの?出来れば公安系が望ましいんだけど。」ラムダの表情が曇る。
だが、天道はそうなることを織り込み済みで提案している。
ちょっとやっておきたいことがあるのだ。
「……あいつらが神上司と言ってるらしい奴がおるから、そいつの知り合いにあたって貰おうかと。類は友を呼ぶって言いますし。候補何人か出させて…その中から
「はー……。おっ前そんな気遣い出来たんだな。ますます気に入ったわ。」
てっきり、許可なくやるのかと思ったわ。――そんな顔しとるのぉ。
天道はラムダの様子を見て確信する。
ちゃんとわきまえとるで。ラムダさん。だって、あんさんは――
「どうせ、あんさんが運営するんやろ?
1課2係7班
。」「……まぁな?んで?気遣いの理由は?
話せ
?」天道は舌打ちした。
これは言いたくなかったんだが。
だが、ラムダの顔を潰すことにもなりかねないし……やっぱ言わんとダメなんかい。
「……
「へぇえええー!そっかそっかお前、情に厚かったか。」
「……神上司が阿久津や倉木と対立している派閥で、探り入れたがっとったのもある。不在時のお
俺を戻す
んやろ。」ラムダは満面の笑みだ。
大正解、といわんばかりの。
――ほんっとマジで……コイツ……!
だからこそ、自分の不在時にやっておきたかったのだ。――倉木を追い払うための布石を。
アイツはヤバい。
巻き込まれないうちにさっさと追い払っておきたいのだ。
期間限定だとしても、対立派閥を付けることで直接的な関わりは減るはず。
減らなかったとしても、対立派閥が目を光らせているから、倉木が班に何かしたらすぐに止めに入るだろう。
班への攻撃を防ぐ目的もある。ヘイトを班員ではなく、こちら側に向けておきたかった。
それに、ただでさえ公安の裏の業務なのに、これからは更に深い部分に入っていくことになる。
息抜きできそうな、天道とは関係のない上司で少し休ませてやりたかった。
そのためには自分の繋がりではダメだ。
阿久津みたいな腐った奴にしか囲まれていないからだ。
本当なら情報漏洩を考えて動かないといけないが、ラムダが選ぶなら話は変わってくる。
ラムダならきっと、その辺の調整を上手くやるだろう。
そして――俺が戻ったら、当初の予定通りラムダが倉木を追い落とす。
神上司の派閥も協力してくれるだろう。これだけ好条件にしてやるんだ。協力しないならラムダの関係から引っ張ってきた新上司をぶち込んでもらえばいい。
これで、班の周辺のお掃除は終わる。
そこからはラムダが自由に班を運営できる。――安定していて、優秀な班を。
「おー。
よく分かってらっしゃる
。その時は倉木から俺に上司の座がスライドするからよろしくね?」「……その時のリーダーは――」
「もちろん、
天道はほっとする。
班は守られた。
お前の勝ちやで、
「……君、結構あからさまだね?」
「あーはいはいすんませんー。これからどうぞよろしくお願いしますぅー。」
「……っふ。やっぱ
お前
に声かけて良かったわ。これからよろしく。」ラムダは天道と握手を交わす。
双方納得がいく形で仕事ができるのは、とても楽だった。
「あ、コレ新しいスマホな!こっちがプライベート用でこっちが仕事用。一応両方に俺の連絡先は登録してあるから。また、候補決まったら声かけてくれ!」
そういえば、前のスマホは中身を改ざんして見られても良いようにしていたんだった。
R国スパイにいじられているし、変なウイルスの危険もある。
用意が良いのは助かった。
天道は素直に礼を伝えた。
「わかりました。接触するのは退院後にはなりますが、なるべく早めに伝えます。」
「よろしく。」
ラムダは微笑み、天道の病室から去っていった。
天道は新しいスマホを手に取り、必要なアプリをダウンロードし始めるのだった。