緊急招集と倉木からの説明 (12月23日9:50~10:00)
文字数 5,165文字
10分後に案件の説明が入るため、急ぎの仕事を片付け終わったところだった。
学生組は本日から冬休みに入っていたので、問題なく9時に出勤していた。
昨日の夕方、
また何かあったらしい。
俺たちは降りてきた案件を粛々とこなすのみ。
倉木と天道用にキャスター付きの椅子を2つ移動させる。
各自端末と筆記用具、飲み物などを持ってミーティングルームへと向かった。
――20XX年12月23日 10時00分 青少年特殊捜査本部 1課2係7班
「次の仕事はカルトの摘発だ。……来年1月25日の摘発に向けて動いてもらう。」
入って来て早々、挨拶もそこそこに倉木は仕事を伝えてきた。
「次はカルト宗教、ねぇ…。」
「カルト…ヤバそうだな。」
「ああ。
天道はそう言い、ミーティングルームに置かれたキャスター付きの椅子に座る。
倉木も天道に倣ってキャスター付きの椅子に座り、事情の説明を始めた。
「今回の案件――摘発対象は、
倉木は手に持っていたバインダーから、A4の紙を1枚取り出す。
そこには御霊磨
《……モニターに映すよ。これだね?
「ああ。合ってる。ここだ。」
倉木は東雲に言葉を返した。
人数が多いため、倉木のA4の紙よりも
詳しく見たい場合は各自端末からURLをタップして飛べばいい。
トップページを見てみると、建物と宗教のロゴが表示されていた。
ロゴは三角形の中に、下の方からよくわからないもの――人の手?指??が配置され、その上に蓮の花、十字架が描かれていた。
教祖の名前は
長髪の男性だ。左下で髪を1つにまとめていた。
下がりまゆ、目じりが下がっているようなたれ目系の穏やかな顔つきに見えるが、
コック帽のような、教皇のような縦に長い帽子の前面に、主教ロゴが入った三角の布を巻き、背後に
首からはロザリオよろしく大きい石と小さい石が交互に配置された数珠っぽい何かが2重に巻かれ、先端には宗教のシンボルマークと紫色の房がついていた。
服装もこれまた派手で、カトリックの神父が着る詰襟のキャソック(なぜかひざ丈)を着ている。衿と裾部分には派手な金地プリント(刺繍か?)が施され、上下のラインの間に縦長の楕円が連なるようにデザインされていた。袖に関しては裾の倍くらいの幅が取られ、同じデザインが施されていた。
キャソックの上には、片腕を覆うタイプの袈裟(身体面は胴を覆うくらいの丈)を身に着けている。レンガみたいな柄が入っているタイプのものだ。肩の部分は紐で留められていた。
下半身は紫袴を履き、足元は白足袋と
アレンジが効いたカトリックの服の上に、仏教の袈裟を羽織る。下半身は神社の恰好だ。
……さぁ、どこから突っ込めばいいんだ。
宗教の冒涜よりもまず教祖のファッションセンスを疑ってしまう。
それでいて様になっているのだから、ある意味尊敬する。
というか、頭の
周囲を見渡すと、他の班員も目が死んでいた。同じことを思っていたのだろう。
空気を察したのか、確認が終わったと思ったのか。
倉木が再度口を開く。
「公安の監視対象なんだが、いつも上手くいかないんだ。」
「
いつも
……?」倉木の発言に、
「ああ。取り込もうとした信者はいつの間にか居なくなっている。送り込んだ捜査員は追い出されたり、裏切ったり、失踪したりする。ガードが固すぎる。……異常なほどに。」
倉木はこのことにかなり悩んでいるようだ。頭痛の種でもあるのだろう。
「また、
「また内部に――しかも上層部に敵…裏切り者が居るんですか?」
また班に侵入されるのは御免被りたい。
それに、敵がいるならさらに作戦を複雑化しないといけないため、色々大変なのだ。
「いや、【圧力をかける敵】がいる……というよりかは【情報漏洩】の方だな。事前に情報が洩れていて、行ったところで情報が手に入らないというのが大きい。末端かもしれないし、送り込んだ捜査員がバラしたのかもしれない。こればかりは本当に分からないんだ。」
「……なるほど。」
なんだろう、今日は倉木の対応にものすごく引っかかる。
やけに素直だ。
だが、違和感の正体がわからない。原因は??何から来ている??
倉木は話しを続ける。
「そして、何らかの方法で宗教法人格を手にし、税制優遇を受けている。…叩くならここだろう。」
倉木はそう言い、プリントに印刷されている宗教法人の文字を指で叩いた。
「もちろん、テロの疑いはある。だが、そこから攻めたら今までと変わらないだろう。」
「……テロの証拠が見つからなかったら、どうするんですか?」
「テロまで行かなかったとしても、証拠が揃い次第摘発する。公安の班が手を焼いているんだ。早い段階で叩いておきたい。」
倉木としては早めの摘発を狙っているようだった。
上司が変わる前に解決しておきたいのか?
それとも――
焦る理由がある
のか。……ひとまず、
「あの、なぜ俺らなんですか?
「先ほども言った通り、いつもなぜか失敗するんだ。だから君達の頭脳に任せたい。穴を見つけて、そこから突き崩して欲しい。」
やはり、倉木は早めの解決を狙っているようだ。
だが、緊急性があるなら、公安系の
「大人がかなり警戒されているという事情もあるがな。」
これもフェイクだろう。それなら
……さて、どうしよう。
あまり案件についての会話は広げないほうがいいだろう。…どうしたものか。
悩んでいると、
「あの…宗教テロって本当に起こり得ますの?信者2世が単独で事件を起こしたことなら耳に入っていますけれど……。正直、実感が湧きませんのよ。」
雨宮が上手く話題をそらしつつ、宗教テロについて切り込む。
ナイス雨宮。助かった。
「え、いや、あるで??過去に起こっとるで??」
天道はぎょっとした反応を示した。
雨宮は不思議な顔をする。
《あー。もしかして、あれ??政界進出できなくて、教祖と信者が腹いせに国会議事堂周辺に居た人に向かって濃硫酸とか塩素とかかけて、別の場所でたくさんの殺虫燻煙剤焚いたやつ。調べたらクソコラが大量にネットに溢れてる、あのヘンテコ教祖のだよね?》
「あー。あの、ジャンピング座禅と変なダンスの人か。仏教系の。」
「宗教系ダンス配信者みたいに言うな…。それに、確か、信者体操第一だっただろ…。」
動画サイトでネタにされてたのを見たことがあったのだ。
「じゃ……ジャンピング座禅…??信者体操第一……?クソコラ???」
「あー、うん。踊っとったんは信者や。教祖本人は踊ってへんて。それに、そないな軽ぅい事件やないで……。人も殺しとるし。てか、
認識おかしくないか
??大分ズレとるで???ネタにすんなや……。」倉木と天道は驚きを隠せない。
現代の若者の認識にめまいを感じているようだった。
…
何がおかしい
んだろうか。班員は不思議な顔をするしかない。
不謹慎ではあるが、あの事件は【散々擦られまくったネタ】程度の認識だ。
ネットでは「コレ信じるのアホだろwww」「こんなん絶対ハマらんわww草ww」といった扱い(ネット上でいじり倒すおもちゃ扱い)が主流で、既に風化しているのだ。
最近では雨宮みたいに事件を知らない人も多い。
公安も動いてるし、現に同じような事件は起こっていない。
悪い意味で平和ボケしている。
当事者意識なんて1ミリも無かった。
「謎ダンスというよりかは…私は、薬物使用の印象の方が強いわね。確か、信者に飲ませてなかったかしら?」
嵐山が頭の片隅から、当該カルト宗教内での出来事を引っ張り出してくる。
嵐山にとっては【ネットのおもちゃ】より、【薬物使用】の認識の方が強いようだった。
やけに詳しい。
「宗教で麻薬かよ……笑えないな。」
「宗教家というより、麻薬使用の時点で犯罪者ではありませんの……。色々おかしいですわよ…。」
霧島と雨宮がドン引きする。
すると、
「確か、教祖専用のハーレムと、後続の団体がありましたよね?」
「ああ。団体は現在も存在している。公安の監視対象だ。」
倉木はやっと話しが通じる相手が見つかり、ほっとしたようだった。
「…ハーレムまであったのか……。腐ってるな。」
霧島が驚き、絶句する。
「そんな危ないの世に残すなよ…。潰せ。」
晴野が恨みがましく呟いた。
「同意やけど……信教の自由が幅きかせたんちゃうん??知らんけど。」
天道が頭をかきながら、困ったように発言する。
コイツらマジでどないしよ、と顔に書いてあった。
先ほどから上司陣の様子がおかしい。
何か問題があるんだろうか。
「うーん……まぁ、
僕たち全員が生まれる前の事件
ですからね。ネットなどで詳しく調べていないと【変なカルト宗教が起こしたテロがあった】というだけ
の認識になりますし。」「――そうか、
世代
か!!」「――それで認識が違うのか……!!」
雪平の言葉を聞き、事態の重さを理解していない班員に対して呆れていた上司陣が、はっと気付き、納得した。
世代での認識の差が腑に落ちたのだろう。
どおりで緊張感が無いはずだ。
雪平は続ける。
「…僕自身も中学の頃の授業の課題で調べた範囲でしか知りません。確か、人権教育の一環で見た映画でしたね。映画では最後救われていましたが、現実は悲惨だったと聞きました。…霧島サブリーダーなんて、海外で暮らしていましたから……事件は一切知らないでしょう。当たり前です。」
「私も、多分同じものを見た記憶があるわ。同じく調べて…その時に薬物も使っていたことを知ったの。」
雪平と嵐山は学校での映画鑑賞にて事件を知ったようだった。
「あー、それで雪平と嵐山は多少知っとったんか。……まぁ、俺も当時子どもやったんやけど。当時の空気感や、ニュースとか新聞を通して当時の混乱っぷりを見てるか見てないかの差かいな…!そりゃ、緊張感ないはずやて…!!当時を知らんもん……!!」
「なるほどな。納得がいった。……当時は大変だった。公安もあの日にテロが起こるとは思っていなかったからな。もちろん潜入捜査もしていたが、デモンストレーションを含めて2度も決行させてしまったことに対しては――冤罪も含め、
上司陣2名はそれぞれ当時の様子を語り、緊張感を持つよう促す。
知っておいてもらわないと困るのだ。
「――話しがそれたが、相手はカルトだ。あの事件と同じようなことが起こらないとも限らない。認識を改めて、危機感を持ってあたってくれ。」
「はい。後で詳しく調べてみます。」
「頼む。――私からは以上だ。何か質問はあるか?」
倉木の質問に、
誰も挙手はしていない。
「――いえ、ありません。」
「では、解散。」
倉木はそう言い、帰っていった。
班員は引っかかる点が多くあったため、上司が居なくなった後すぐに会議をしたかった。
だが、なぜか天道が残っている。
なぜ、天道は帰らないのだろうか。
不思議に思っていると、天道がハンドサインを出す。
――【掃除】と【会議】!?
班員はアイコンタクトを取り、部屋の掃除を始める。
奇数日なので男子からだ。
上司陣の様子がおかしいが、この事件の裏を確信し、
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【後半部分について】
後半部分に思う部分が多々あるかと思います。
作者も学生時代に映画で色々と知った側です。
宗教編に当たり再度調べ、不謹慎ではありますが「カルト」という言葉のイメージの参考と、物語の危機感演出に「事実をもとにした架空の団体」として使用しています。
被害者の皆様のご冥福と、苦しまれている方々の心身のお早い回復をお祈り申し上げます。