【表作戦】と【裏作戦】当日 (11月8日18:00~19:00)
文字数 4,057文字
彼――
方法はフラッシュコンタクト――すれ違いざまに相手と物を交換する手法だ。
そのはずだったのに。
約束の18時はとうに過ぎており、時計の秒針ばかりが進んでいた。
――おかしい。
アレクセイは外国人にしては時間に几帳面で、日本の電車並みに時刻を合わせてくる。
なのに、今日は時間に合ってないのだ。
時計を見る。
今、時刻は18時2分になった。
チッ…チッ…チッ…チッ……
時刻は18時3分。
――なぜ来ないんだ?
安在は不安に思い、アレクセイに電話をかけた。
だが、出ない。
数度電話をかけてみる。
出ない。
周囲で見張っていた公安が、数人を残し撤退を始める。
安在は必死に電話をかけるが、一向に出る気配がない。
時刻は18時30分になった。
だが、アレクセイは姿を現さなかった。
――安在はアレクセイに捨てられたのだった。
――20XX年11月8日 18時10分 青少年特殊捜査本部 1課2係7班オフィス
「今、現場から連絡が入りました。アレクセイは
監視をしていた公安の人から、作戦の失敗を伝えられた。
予想が当たってしまった。
《僕、準備万端だったんだけど?》
「Oh…。めっちゃ用意したのに意味なかったとか泣けるわー。」
当日のハッキングチームは作戦の不成功に不満を漏らした。
裏作戦の成功の為、残念がる様は必須である。
公安の人も焦っている。安在が見捨てられるとは思っていなかったのだろう。
「…なぁ、これからどう動くつもりなん?この一件が失敗してもPNG出せるん?」
「PNGを出すための証拠は…あるのですが…。今回の件で常習性を確定させる予定だったので、少々苦しいですね。」
公安の人は天道の疑問に困惑しながら答えた。
「…そうか…。」
「…すみません。せっかく緻密な計画とハッキングの手はずを整えていたのに。」
「…
公安の人と天道の空気がお通夜状態になる。
「…
「居ますが…。」
通常、現れないとなると、スパイから捨てられた事を意味する。
つまり、放置しておいても何とかなるのだ。
スパイが会社にリークすれば職を失うし、警察に頼れば逮捕は免れない。
更なる情報を持って行こうにも、既にスパイに捨てられている。
この後はお先真っ暗。
地位も、金も、家族も、社会で築き上げてきたもの全てを失う。
それが、国を裏切りスパイに協力した者――協力者の末路だ。
安在の場合は、既に協力していたことは警察に知られているため、牢屋行き確定だ。
また、協力者の保護は余程の場合に限られる。
監視をおいて放置する。それだけでいいはずだ。
「…わかりました。監視の指示を出します。」
「いえ、保護してください。再度接触される危険性があります。…安在は優秀な研究者です。最悪、引き抜くことも考えているはずです。」
「…一応伝えてはみますが、上司の判断を仰ぐことになります。」
「…わかりました。それなら、必ずR国の関係者とは接触しないように見張っておいてください。接触があれば、即座に引き離すようにしてください。捨てられたことで自暴自棄になられてもアレですし…。追い詰められるとどうなるかわからないので。」
「…上司の判断を仰ぎます。」
「よろしくお願いします。」
第五段階は安在への再接触の防止だ。
守られていることが解れば近づけなくなるためだ。
裏はあくまで証拠集め要員。
表はけん制が目的だ。
そして――表が
何らかの原因で動かなかったとき
に、原因を見つけるのが裏の仕事でもあった。こんなに邪魔が入るのだ。絶対に何かある。
後は【裏作戦】の成功を祈るのみ。
公安の人が安在周辺の人と連絡を取るのを見ながら、班員は今後の展開を予想するのだった。
――20XX年11月8日 19時00分 都内某所
R国スパイのアレクセイはタクシーに乗って帰宅しているところだった。
もうじき家に着く。
アレクセイは鞄を引き寄せ、クレジットカードを出す。
停車後タクシー代をカードで払い、下車して都内に用意された生活拠点に入った。
室内に入り、鞄を探る。
午前中に会った協力者から受け取ったUSBを手元に出すと、ノートパソコンの電源を入れた。
USBをあらためる。
この協力者は
警察にばれていない
ため、大丈夫だとは思うが油断は禁物。発信機の類は無いことは受け取り後にトイレで確認していたが、再度確認する。
異常はない。
大丈夫そうだ。
接触時に警察の尾行も見張りも居なかった。
アレクセイはUSBをノートパソコンに差し、PDFファイルを開く。
セキュリティソフトは
反応しなかった
。ウイルスも問題ないようだ。
一通り見た後、仲間に向けてメッセージを
ノートパソコンのアプリを使って
。アレクセイ――R国スパイのノートパソコンはオンライン状態だった。
――20XX年11月8日 19時00分 都内某所 とあるマンションの一室
緊張が張り詰める室内で3課1係4班員は待機していた。
室内には他に3課2係の班と3課3係の班が数名ずつ交代で残っていた。
マンションの間取りは2LDK。
LDK部分は3課1係4班が占領している。
折り畳み式のローテーブルの上にはデスクトップ型のパソコンが置かれ、背もたれ付きの座椅子が用意されている。
このセットが3課1係4班員全員分用意されていて、一室はパソコンで埋め尽くされていた。
テーブルの上にはスペース的にこれ以上物が置けないため、テーブル近くの床にはスナック菓子や飲みかけのエナジードリンクが置かれていた。
残りの2部屋は3課2係、3係がそれぞれ使用しており、各部屋にも同じように数名分の座椅子とパソコンが用意されていた。
こちらもそれぞれ待機中のお菓子やジュースなどを床に置いていた。
キッチンにはペットボトル飲料と複数のゴミ袋が置かれ、弁当のプラスチック容器や飲み終わったペットボトルなどがゴミ袋に分別されていた。
各部屋でルーターの光が足元を照らしている。
速さを追及したネット回線から延びるコードや、パソコンの電源コードがテーブルの裏側にまとめられていた。
メインマシンに有線を接続し、サブはすべて無線LANで対応する。
服装は全員私服。
上司もオフィスカジュアルだ。
万が一見つかっても特捜と関係が無いと言い切れるように。
件のUSBの受け渡しは11月8日の午前中。
そのため、ネフィリムたちは昨晩から
すぐにファイルを開くか、仕事先か帰宅後か。
いつでも対応できるよう、パソコンとにらめっこしながら各自待機していた。
だが、なかなか開いてくれない。
もしくはオフラインで開いているのか。
――晩ごはんに何か弁当を買いに行ってもらおうか。
そう思った時。
ネフィリムが担当しているパソコンに
PDFファイルをオンラインで開いてくれたらしい。
1係と2係が共同開発したエグめのウイルスが威力を発揮した瞬間だった。
「来たキタ来たキタァーーーーーー!!!!」
ハッキング用のメインマシンを担当しているネフィリムが声をあげた。
即座に2係のリーダーが画面に共有されているメインマシンのシステムコードを見て、逆にハッキングをされていないか確認する。
「今のところ侵入の形跡はありません。」
「ネフィリムリーダー、こちらでも確認とれてます。大丈夫そうっす。」
サブリーダーが担当しているパソコンには、メインマシンの画面がそのまま表示されるように設定していた。
双方画面を録画モードにしているため、万が一の時も見返せる算段だ。
ネフィリムは報告を聞きながら英数字を打ち込み、返事をする。
ネフィリムはキーボードを素早く叩き、
ウイルスで引き出せるものは、自動で
主に鍵のかかったファイルへの侵入とか。
メールアプリのパスワードとか。
その時、スパイは
すかさずログイン情報を盗む。
メッセージの送り先、書かれたメッセージは画面共有先の自班サブリーダーに任せた。
即座に遠隔でウイルスの破棄と完全消去の指示を出す。
パソコンの一部システム更新を装い、シャットダウンに数秒時間をかけ、痕跡を消す。
「――っはぁ!!ざまぁー!!美味しくいただきましたー!!うまうまー!!プギャーww!!者ども、分析にかかれぇ!!」
1係はハッキングで手に入れた情報の整理と、ウイルスが相手のパソコン内で消去されているかの確認を。
2係は本当に逆ハッキングされていないかを。
3係は回線を切り、通信履歴などの確認をした後に、再度回線を繋げて1係がまとめた情報の分析を。
分析が完了したら、部屋に運び込んでいた荷物をすべて撤去し、原状回復の後に部屋を大家に返却する予定だ。
この拠点は警察関係者と仲がいい大家に話しをつけ、数日間だけ借りていた。
万が一、経由したサーバーを全て辿られてIPアドレスを追われたとしても、誰も住んでいない部屋からハッキングされたことになる。
こうして、証拠も痕跡をも残さずに