晴野の実習 (1月4日6:00~10:30)
文字数 3,179文字
鳴り響くアラームを止め、のそのそと起き上がる。
「……ねっむ。寒。……実習行かなきゃ。」
暖房をつけて、洗面台の方へと移動する。
顔を洗い、フェイスパックを貼ってキッチンへ向かう。
電気ケトルでお湯を沸かす。
お湯が沸く間も晴野は動き回る。
冷蔵庫から作り置きしていたいくつかの惣菜を取り出してお皿に適当に乗せ、レンチンした米をおにぎりにして惣菜の隣に乗せる。
お椀に即席みそ汁を入れ、沸かしたお湯を注ぐ。
顔に貼っていたパックを捨て、盛り付けた朝食をトレーに載せてリビングへと運ぶ。
テーブルに座り、手を合わせる。
「――いただきます。」
晴野は朝食を取り終え、リクルートスーツに着替える。
織柄など一切入っていない、首元までボタンを留められるシンプルでスタンダードのものだ。寒いのでパンツスタイルを選択する。
ジャケットの衿に校章がついていることを鏡で確認する。――ある。大丈夫だ。
更衣後は洗面所へ移動する。
歯を磨き、薄めに化粧をし、自室に戻り持ち物を確認する。
水筒、筆記用具、メモ帳、時計、のど飴、カイロ……その他は昨晩の内に入れて確認していたから大丈夫!
「――行くか。」
晴野は必要最低限の荷物が入った黒いリュックと、真っ黒な装束鞄を持って実習先へと向かった。
――20X1年1月4日 7時30分 都内某所 某神社
晴野は実習先の神社に着き、裏口から建物の中に入る。
「おはようございます。本日もよろしくお願いします。」
「おはようございます。頑張りましょう。」
職員の神職と挨拶を交わし、建物の中を進んでいく。
晴野――
今回は年末年始の神社が忙しい時期での実習……いわば、授与所で参拝者を捌くための人員確保だった。
実習内容は巫女バイトとほとんど変わらない。
「失礼いたします。――おはようございます。」
田中(晴野)は女子学生用に更衣室に充てられた部屋に入り、荷物を置く。
実習生はちらほら集まっていた。
同じ担当先のメンバーと挨拶を交わし、集まり次第実習担当者の下へと挨拶に行く。
挨拶を済ませたら、更衣室に戻って
足元にはストーブがあるため、素足の上に
ゆえにユ〇クロの薄めのダウン、吸湿発熱の薄手の肌着、カイロを仕込む。カイロは背中側だけでなく肩の前側にも貼っておく。正面からくる風は冷たいのだ。
白
寒がりな晴野は見えない程度に着込みまくる一択だった。
ちなみに
なので、通販サイトやお店を巡って、温かそうな白いものがあれば買い漁っていた。
最近はアイボリーや黒色の物が多いため、集めるのには苦労した。
特に大変だったのはズボンとズボン下(レギンス)。地味に需要はあるので、メーカー様にはぜひ白色の防寒対策用品と、真夏用に暑さ対策の肌着(ズボン下も)を作ってほしいものだ。
時計は必須だが、身に着けてはいけないため、休憩室に置いておく白い鞄の中にしまっておく。
更衣を済ませ、同じ担当先のメンバーと
袴と足袋を脱ぎ、ズボン下などを膝より上にあげて、潔斎場で手足を清める。
白色のタオルで手足を拭いて、再度袴などを身に着け、メンバー全員で担当先へと向かった。
担当先について持ち場に居る神職に挨拶し、授与所でお守りと縁起物の準備をしていると、別の神職に声をかけられる。
「おはようございます。1名参集殿で欠員出たので、田中さん行ってもらえませんか?」
「承知いたしました。参集殿ですね。向かいます。」
「よろしくお願いします。」
伝えに来た神職を見送り、田中は移動を開始する。
――まじかー。持ち場変わったわ。まぁ、お守りの位置が変わるだけで、初穂料は変わらないから大丈夫か。向こうは干支守り、まだあるのかな?
参集殿につき、神職や担当メンバーと挨拶を交わし、お守りや縁起物の準備を進める。
すると、途中で参集殿リーダーから引継ぎが入った。
「田中さん。破魔矢(朱色)と熊手(特大)の在庫はここにあるだけです。干支守りは昨日全てお分けし終えました。」
干支守り、参集殿でももうなくなっていたのか。
参拝客に聞かれたらお断りしないと。
「わかりました。――あ、お
「あ、お神酒はこっちの棚の下にあります。」
リーダーに案内され、位置を確認する。
なるほど。ここだな。
「ありがとうございます。」
「授与する机の足元にある箱が落下や破損、古札入れですね。落としてしまったお守りはこの箱に、古札を渡された場合はこちらに入れてください。破損のものは後ろになります。」
ちなみに落としてしまったお守りは、実習生の終業時間あたりにお祓いがされる。
この神社では紫袴(上級神職)がお守りのお祓いを行うようだった。
「わかりました。」
「交代は30分ごとです。3名で2コマを回します。正座椅子があるので、適宜使ってください。あと、お手洗いは更衣に使った建物の中のを使ってください。」
「はい。」
「その他、分からないことがあれば聞いてくださいね。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
田中は参集殿リーダーに礼を言った。
――3名で2コマ(2つの窓口)ね。30分交代となると、持ち場は1時間だな。
1時間入って30分休憩、その後隣のコマで1時間を繰り返す。
お守りや縁起物の補充も休憩中に行わないといけないから、実質休憩15分、補充15分になるだろう。
初詣は戦場なのだ。
気合い入れていこう。
田中――晴野の実習6日目が始まった。
――20X1年1月4日 10時30分 都内某所 車内
気分転換だと思い、窓の外を眺める。
車内はほぼ無言で、目的地に向けて進んでいた。
9時頃、
今後の班の運営を兼ねてのことだと思ったので、乗ることにした。
もしかしたら、受験生の気分転換をかねて
……天道は高卒なので、大学受験生のことはあまり知らない気がすると思われた。
それに、今のうちに探りを入れておきたいのもあった。
今回の件が始まる前――恐らく、天道の拉致の後だろう。天道は班員を【持ち物】ではなく、【仲間】と認識を変えてくれたのだ。
ありがたいことだが、これによって事情が変わってくる。
天道と居た時間は恐らく多いほうだが、全て天道の立ち位置が変わる前だ。
……班を守るほうに舵を向け、今後の運営をきちんと決めてくれたことに感謝することにしよう。せめて、最初とは言わなくても、もっと早くに考えを変えてほしかったが……。
全ての不満を飲み込み、運転席の方向へ目を向ける。
気付けば駐車場への入場待ちの列に並んでいる所だった。もうそろそろだな。
「そろそろ到着やで。……人多いから迷わんようにな。」
運転していた天道が告げる。