目覚め (12月9日18:30)
文字数 3,860文字
かすかに音が聞こえる。何の音だろう。
――まぶたが重い。
ゆっくり目を開けてみる。
目を開けると見知らぬ天井。
見回すと、間接照明が灯った薄暗い部屋だった。
「お、眠り姫のお目覚めか?」
男の声が聞こえ、咄嗟に身構える。
男はスーツを着ている。――特捜の制服じゃない!?
特捜関係者ではなさそうだ。
敵か?……目的がわからない。警戒は必要だ。
布団から出て距離を取るが、自分の服装が違うことに気付く。
――着替えさせられている!?
だが、今着ているのはピンクの品が良いワンピースだった。
なぜか好みが把握されている気がするが、今は服がかわいいとか思っている場合ではない。
「んー……めっちゃ警戒されてるな……まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないんだが……。」
「……あなたは――」
そんな中、入り口ドアが開き、1人の女が入ってきた。
「乙でーす。……あ、雨ちー!!おはよー。今は18時30分頃だよー!いえあ!」
「
現れたのは晴野だった。
「あ、雨ちーのお兄さんも無事だよ。今さっき起きてきて、居間のほうに居るから会いに行ったら良いんじゃないかな。……ちなみに、制服が皺くちゃになるのはダメかなって思って、適当なワンピース買ってきて着替えさせたの、私っす。だから安心してね。制服はそこね。」
「……そう、でしたの……。」
雨宮は晴野に対して答えるのでやっとだった。
晴野に目的がわからないまま眠らされて、連れ攫われたのだから。
晴野が特捜を裏切り、第三勢力に所属している可能性も考えられる。
「とりあえず、動けるようなら話しない?こっちも状況説明しておきたいし。」
「――わかりましたわ。……お伺いしたいこと、沢山ありますもの。」
「では、こちらへどうぞ。」
晴野が扉を開く。
スーツ姿の男が先に退室し、その後晴野は雨宮を案内した。
「お疲れ様です。雨宮が起きたので連れてきました。」
室内にいた人に、晴野がどこか他人行儀に説明する。
晴野のこんな話し方ははじめて聞いたので、驚いていた。
居間に居たのはスーツ姿の男がもう1人と、特捜の制服を着た男女5名そして――
「
「桜子!!」
雨宮の2人の兄がいた。
兄二人は雨宮に駆け寄り、無事かどうかや怪我はないかなどを問うていた。
兄妹仲はかなり良いらしい。
部屋の空気がほっこりした。
雨宮が目覚めたときに居た男が口を開く。
「よし、これで全員だな。自己紹介をしようか。俺は
どうやら
不知火は黒髪の短髪で黒の瞳だ。人当たりがよさそうな雰囲気をしている。
鍛えているのだろう。ガタイが良い。
対して
鍛えているのだろう。ガタイが良い。
こちらも人当たりがよさそうな雰囲気をしているが、何というか、見た目が晴野に似ている。
翔一郎が不知火に質問する。
「うちの妹が青少年特殊捜査本部の所員だということは知っている。だが、僕らは特捜には詳しくないんだ。……僕たちを連れてきたのは、何か理由があるのかな?正直、助けてもらったことには感謝しているけれど、薬で眠らされてここに連れて来られた事については納得していないんですよね。」
「それはあとで説明する。ただ、救出が間に合って本当によかったとだけ言わせてくれ。」
「――承知致しました。」
不知火から説明があるとわかり、翔一郎は引き下がった。
雨宮が不知火に対して質問する。
「あの……今回の一件は、秘匿班の活動が関わっている、ということで良いんですの?」
雨宮の問いを受け、不知火が答えようとする――が、焔が回答した。
「そうだね。だけど……んー。仕事とはいえ、君の個人情報を一部知ってしまったし……フェアじゃないな。よし。公平にするため、俺のことを少し明かそう。だから、他の人は勘弁な!」
焔の提案に、雨宮は驚いた。何でそうなるのだろうか。
秘匿班の活動は基本的に明かされることは無い。
ただ、納得いかないから、兄たちへの説明よりもう少しだけ詳しく明かしてくれたらそれでいいと思っていた。
なのに。
――どうして、焔さんの個人情報を一部開示する流れになってますの……?
雨宮は慌てて否定する。
「いえ、別にいいですが――では、やはり私の本名などは……バレてますのね。」
「まぁなー。今回は仕方ない。が、あまり本名で呼ぶのもあれだから、ここでは雨宮で通させてもらうな。――会えて嬉しいぜ雨宮ちゃん!前にチャットではお話したことあるよな。」
雨宮はきょとんとしている。
この顔に心当たりはない。
チャット……?関係者以外とは話した覚えがないのだが。
「――はい?……どちら様でしょうか……?失礼ですが、記憶にありませんわね……?」
「あ、そっか。名前違ったか。……俺のコードネームは
「え!?」
「は!?」
「ん!?焔さんの妹!?」
この暴露には雨宮だけでなく、秘匿班員も驚いていた。
実の兄妹だということは、今まで誰にも言っていなかったのだ。
それに、焔――晴野兄も晴野を他人のように扱っていたのも関係しているだろう。
「いや、ちょっと待て!!――マジなのか、焔――」
もう1人の上司である不知火は絶句してしまう。
別班になったら家族や友人との連絡を絶たされる。
また、別班であるということは、(同じ上司を持つ別班メンバー以外には)誰にも明かしてはいけない。
これは、単に情報漏洩への対策というだけでなく、自分自身と家族友人の安全確保の為でもある。
限られた人間しか知らないからこそ、情報が漏れた場合でも最低限の被害で済むのだ。
だが、焔は自身の妹である晴野と連絡を取り合っていた。
これは由々しき事態である。
「ほら、よく似てるでしょ?」
焔は晴野の横に並び、顔を近づけた。……楽しそうに手を振っている。
晴野はちらっと兄の方を見て、諦めたかのように適当に手を振った。投げやりである。
髪色も同じだし、雰囲気も顔もよく似ている。
……うん。血縁者にしか見えない。
「――最初に見たときから似ていると思っていましたけれど……。本当に、血縁関係があったんですのね。」
「兄妹だけど、結構歳が離れてるんだよねー。俺らの間に何人かいるし。……あ、ちなみに、1ヶ月程前のチャットでは【兄様】って名乗ってたよん。ほら、あの天道へのハッキングの作戦の時の!ダブルブラフの!!」
焔はハッキングのことを明かし、雨宮にわかりやすく説明した。
雨宮は少し驚き、焔に対して口を開いた。
「――あら、その節はどうも……って!!晴野のお兄様って、確か、優秀なハッカーで、自衛隊の情報部隊に――」
「
そうだよ
ー!因みに、今集まっている「兄貴……思い切りよすぎだろ…草wwwww」
陽キャにステータスを振りまくった、パリピな焔が楽しそうに挨拶をした。
晴野はツッコミを入れた後、周囲との温度差に笑った。
この秘匿班のもう1人の上司である不知火が、頭を抱えながら焔に問うた。
「マジかよ……。焔――お前、俺が聞いたときは【世界には似た顔の人が3人は存在する】とかほざきやがって――」
「
この秘匿班は荒事ありの治安維持活動を行っている。
【裏で情報を集めてから動く】ために創った、いわゆる【公安の自衛隊版】のようなノリで【治安維持のための秘匿部隊】として動くとされている。表向きは。
そう――上司が自衛隊であることと、裏で動くこと以外は一切公開していないのだ。
別班であることを隠して、優秀な人材を集め、国内で動く。
外国が関わる、テロリストやスパイに対しての諜報活動や、掃討作戦に励んでいた。
はじめて晴野に会ったのは、秘匿班発足の初期段階。
晴野は裏で「3課系でネフィリムと東雲に並ぶトップクラスの実力を誇る人材」と言われていたので、参加に異を唱えることは無かったし、むしろ焔と2人でハッキングに取り組んでもらうほうが効率が良いと思い、スカウトした。
確かに、特捜という組織の都合上、優秀な人間との関わりは必要である。
だが、兄妹なら話しは別だ。
何で自ら率先して身バレしに行ってんだよ。
晴野は高IQ保持者が集まる班に居る――確実にバレてんだろ。
しかも、危険度が桁違いな世界に、大事だって言ってた自分の妹を引きずり込むんじゃない!!
不知火は頭が痛かった。
そんな先輩の考えを完全無視して、焔(晴野兄)は楽しそうに先輩に話しかける。
「……あのなぁ……焔、お前は妹を――いや、いい。もう、こればかりは仕方ない。……はぁ。」
ここにいるのは不知火と焔の2人だけじゃない。
秘匿班の班員だけでなく、
言えないことが多すぎる。
不知火は言いたいことの大半を飲み込むことにした。
「うぇーいww先輩、あざすww」
「不知火さん!?兄貴にもっと言ってやってくれ!!!?バチボコに言ってやって!!?」
「――兄妹喧嘩は後で別室でやってくれ。今は――軽くこの3名に状況を説明したほうが良いだろう。」
不知火はため息をつき、西園寺3兄妹に今回の目的を説明し始めた。