説明その1 (12月9日19:00~19:30)
文字数 5,508文字
「ええと――つまり、今回の拉致にはテロリストによる富裕層への逆恨みと、先月逮捕された東山製薬の件と、本日グループ会社が申請したメタンハイドレード採掘技術の特許が関わっていて……
「そういうことだよん。」
雨宮は少しだけ安心できたようだ。
この拉致が発端となって、
「あー……。一応言っておくね。眠らせたのは、見られてはいけない【とある地下通路】を通って逃げるため。公安内部に敵がいることは前回の東山製薬の一件でわかってたから、万全を期すためにやったの。」
晴野の説明を聞き、
「……そんなに危ない状況なんですか?」
会話を引き継いだのは、もう1人の上司の
「ああ。下手したら死人が出る。実際に、君たちが拉致されていたら、拷問されていた可能性が高い。だからこそ、数日はここに居てもらう。……君たちの安全のためだ。ご両親には承諾を得ている。……頼む。」
「わかりました。――よろしくお願いします。」
救助の対応、説明に関しての真剣さや、上が頭を下げたのを見て、西園寺兄弟は納得したようだった。
大学や家の手伝いができないことは痛手だが、自分たちが戻れば更に被害が広がってしまう。
まかり間違っても拉致犯に連行されたような、手荒な目に遭うことはないだろう。
両親には承諾を得ているという言葉を信じ、大人しくすることを選んだ。
「さて、お腹がすいただろう。夕飯にしよう。――とは言っても、君たちが普段食べているものに比べたらかなり質素になるだろうが、許してくれ。」
そう言い、
兄たちは
雨宮も座ろうかと思っていると、晴野が雨宮に近づき、耳打ちする。
「――
「……わかりましたわ。明かせる範囲で、きちんと話してもらいますわよ。」
「それと……助けるのが遅くなってごめん。」
「え――いえ、救援に関しては、無事だったので問題ないですわよ。むしろ感謝すべきは
「…りょ。」
晴野は雨宮から離れ、笑顔を作り、雨宮に手を差し出す。
「……さ、晩御飯食べよ?」
雨宮は晴野の手を握り、テーブルへ向かうのだった。
――20XX年12月9日 19時30分 都内某所 マンションの一室
晴野は雨宮を連れてとある一室に入り、内側から鍵をかけた。
「本当は戸建て賃貸にしたかったんだけど、ちょい色々ありすぎてマンションになったんよ。人口密度が高くてごめんね。」
マンションの構造は4LDK。
寝ていたときは監視のために1つの部屋に集められていた。
だが雨宮たちが起きたため、部屋が再編されることとなった。
個室の4部屋は以下のように分けられた。
1つが雨宮の兄たちが過ごす部屋。
1つが雨宮と特捜女子の部屋。
1つが特捜男子の部屋。
1つが会議など、
上司である不知火と
襲撃などあってほしくないが、備えることは大切である。
広い部屋のマンションではあるが、この人数の為、手狭感は否めなかった。
「それにしても……なぜ、
「あー、そっから説明したほうが良い感じ?一言で言えば、腹いせも兼ねて勝手に拝借したんだけど。」
晴野は雨宮と会話しながら部屋の中央へ行き、折り畳み式の小さなテーブルへと進む。
長い話になるため、手には2人分の紅茶とティーポット、ケーキを乗せたトレイを持っている。
雨宮は晴野が持ち切れなかったクッキー缶を持っていた。
「……流れがあるなら後で構いませんわ。天道、今度は一体何しましたのよ……。」
「ほんと、クソ天道過ぎるから、後で一緒に怒りを近所迷惑にならない範囲で叫ぼうぜ。」
「承知ですわ。即座にキレないよう、心の準備をしておきますの。」
「よろしくね。」
座布団の上に座り、向き合う形で席についた。
晴野はテーブルの上のノートパソコンを床に降ろし、テーブルの上にケーキと紅茶を並べる。
雨宮は好物のショートケーキで、晴野はガトーオペラだ。
雨宮もクッキー缶を開け、テーブルの上に並べた。
少々手狭だが、何とか並べることができた。
「さてと、まずはケーキを食べようか!美味しいうちに!!」
晴野は笑顔で雨宮に言った。
ケーキはホテルでテイクアウトしたもので、小さいが、お1つ800円はする。
このホテルのケーキは美味しいことで有名だ。
救援がギリギリになったことや、事情はあれど怖い思いをさせてしまったことへの晴野なりのお詫びだった。
クッキー缶は、雨宮の服を買ったときに立ち寄ったショッピングモールの中にあった洋菓子店で購入していた。
「え、ええ……。――あら、美味しいですわね!」
「お口にあったようで何より。あ、ほんとに美味しい!買ってきてよかったわ。んまー!!」
ケーキを食べ終わると、晴野は話を切り出すことにした。
晴野は紅茶のお代わりを
「さて、事情なんだけど……アレクセイのPNG失敗したことから話そうか。あ、クッキーつまみながらでいいよ。」
「ええ。お願いしますわ。」
晴野はティーポットを置き、雨宮にクッキーを勧める。
紅茶はまだティーポットの中にも残っているため、不足することは無いだろう。
「まず、東山製薬の研究員である安在が闇に葬られた件からね。
「警察に駆け込んで来た後、対応した
「
晴野は前回のPNG失敗について、ダイジェストで説明をした。
誰もが裏側を知れるわけではないからだ。
晴野は続ける。
「監視されていた
「……証拠は揃ってますの?せめて拘束することはできませんの?」
「両方まだ。今のままだと逃げられる。」
「そうでしたの。……」
残念そうな雨宮に、晴野はもう少しだけ詳しく説明することにした。
「あー……。空港内で
「え――!?オフィスへの侵入もその人でしたの……!?いったい、どうやって判明しましたの……?確か…監視カメラの映像を持って行かれていましたわよね……?」
雨宮は疑問に思った。
実際、
「それは秘密。まぁ、ネフィリムが言っていた通り、別の
言えないことは多いらしい。
雨宮は特捜に所属しているとはいえ、今回助けてくれた
文句は言ってはいけない。
ここまでわかりやすく説明してもらえるだけでもありがたいのだ。
「……ちなみに、1課2係7班の情報漏洩も待ったなし。まあ、今日降りてきた別の
祈るように晴野が言い、ため息をついた。
公安内部の敵を単に捕まえるだけではだめだ。言い逃れができてしまう。
内通者になっていたという証拠が必要だった。
現状、どうやらかなり手厳しい様子らしい。
アレクセイのPNG失敗の時も思っていたのだが、班の情報が一切漏れていなさそうなことが気になる。
確かにありがたいのだが……相手の能力不足か、それとも特捜の
情報を得ようとしているのなら、まだ1課2係7班の情報を手に入れていない可能性が高い。
今のところは安心してもいいだろう。
「やはり相手は腐ってもプロ、という事ですのね。」
「そうだねぇ。だけど――裏切り者の件は、雨ちーたちがここにいる間に片を付けるつもり。一応3日以内を見ているけど、相手次第だから長引くかも……。あ。班の周囲を安全にしてから戻る予定だよ。それまで不便すると思うけど、我慢してね。」
「承知いたしましたわ。」
どうやら数日は帰れないようだった。
本当は明日テストを受けに学校に行きたかったが、緊急時だし、仕方ない。
雨宮は腹をくくった。
「あ、そだ。学校!上司
「まぁ!何から何まで……助かりますわ。」
なんと、親だけでなく学校にも手をまわしてくれていたらしい。
「もう一件!護身グッズ燃えちゃっててダメだったわ。困ると思って、同じものを買ってきたから後で渡すね。」
「……あら。新たに用意してくださりありがとうございます。何も持っていない状態は不安で仕方ないので……助かりますわ。」
「ただ、スマホは公安が持ってるし、仮にこっちでもらったとしても居場所がばれてしまうから渡せないや。私も1課2係7班で使ってるスマホは通信遮断するポーチに入れてるし。」
「十分ですわ。ありがとうございます。」
雨宮は驚き、喜んだ。
だが、内心ではこれらの対応に不気味なものを感じていた。
手際が良過ぎるのだ。――
不気味なほどに
。用意されていた服はサイズがぴったりで、しかも
全て雨宮の好みの物で揃えられていて
。先ほど出されたケーキは、
雨宮の好物
であるショートケーキ。回収不可能になった護身用品の対応や、学校への対応、親や班への連絡
全てが整っていた
。聞きたかった、現状に対する説明も
完璧
だ。もちろん全てではないだろうが、大切なところはきちんと明かしてもらえているように思う。
この後事件の詳細になるだろうが、恐らく言える範囲で説明してもらえるだろう。
雨宮は自分の望みが叶っていることに驚いていた。
晴野が全て整えているのだろうか。
晴野は
暴露大会以降、天道の采配はほぼ正解だったのではないかと雨宮は考えていた。
個人個人の能力がなるべく最大限に活かせるよういじっていたのであれば、晴野の今回の対応に納得がいくのだ。
不気味ではあったが、全てが晴野の采配なのであれば良いと思い、飲み込むことにした。
雨宮は紅茶を飲み、一息つく。
少し落ち着いた。
すると、ふと違和感に気付く。
「あら?少しおかしいのではなくて?」
「んえ?何が??」
「確か、PNGを邪魔していたのは【円滑な情報共有反対派】でしたわよね?……
晴野はPNGを漏らして邪魔したのは【公安関係者の中に居る敵】と言っていたが、雪平経由で【円滑な情報共有反対派】が色々手をまわしていたと聞いている。
彼らもR国スパイと繋がっていて、協力者になっている可能性もあるのだ。
答えがもらえない可能性もあるが、聞いておきたかった。
「あーあれか。あれはウザイけど雑魚だから、今は放っておいて
「え。」
「あいつらは所詮、浅い階層の【表】だから。……それよりも、公安内部の敵――R国スパイに協力している裏切り者の駆除が最優先っす!その後、片っ端から脅すか何かすれば良し!!」
「承知いたしましたわ。」
どうやら緊急性は無いようである。
だが、これからも捜査の邪魔をしてくることが懸念された。
――本当に、はた迷惑な存在ですこと……。
遠い目になっていると、晴野が苦笑いをうかべた。
「さて、次は拉致の件に移ろうか。」
晴野は次の話題に進むことにした。