ラムダと天道 (12月11日16:20)
文字数 3,739文字
リーダーで
実力を把握しきれていなかった自分が悔しいし、晴野というダークホースに負けたのも悔しい。
リーダーシップだけの自分が居る意味なんてあるのか?
そもそも自分には本当に価値はあるのか?
ただただ仕事さばいてくだけしか出来なかったのに?
スマートに生きていけるのか?
霧島は人生2度目の挫折に直面し、現実に絶望していた。
軽く肩を掴まれていた。
視線をやるが、ラムダの視線は
「なぁ、斎藤。10分ほどそのバカ2人、逃がさないよう見張ってもらっていいか?」
「分かりました。」
斎藤は承諾し、
その様子を見て
「あ、手伝います。」
「
斎藤と
ラムダは天道に視線を移し、軽く笑みを作る。
「天道さん。ちょっと。」
ラムダに第二ロックドアを親指で指され、天道はついていく。
廊下へ出て、エレベーターに乗る。
ラムダに案内され、到着したのは屋上だった。
冷たい空気が頬に当たる。
屋上の中央へと進み、ラムダが振り返り、2人は向かい合う形になる。
白い息を吐き、ラムダは告げた。
「お前、拉致られて来い!」
とんでもない第一声だった。
しかも、親指を立てて、満面の笑みである。
――何だそれは。お前頭イカレとるんちゃうか?
呼ばれたときすぐに手を振り払っておけばよかったと、心の中で後悔する。
視線を落とし、ため息をつき、再度相手を見る。
「――嫌に決まっとるやろ。
「こらこら立派なお仕事だぞ♪」
ラムダはとんでもなく楽しそうな笑みで告げてくる。
お前は鬼か。悪魔か。
俺にそんなけったいな
天道は反論する。
「まずは上通せや、ゴラ。全く、どいつもこいつも
天道の反論を聞き、ラムダは目を細める。
ラムダはガチトーンの声色に変え、天道に言葉を返した。
「――その碌でもない
上から離れられる
と言ったら?」急に変わった雰囲気に警戒した――が、よりにもよって
そんな言葉
か。天道はクソでかため息をつく。
真実かもわからない。
そんな口先だけの甘い言葉に踊らされるのは嫌だ。
だいたい、クソ上司どもと離れられるなら、もうとっくの昔に離れられているはずだ。
異動願いを出しても叶わなかった。
それに、派閥は上司によるし、一度取り込まれたら逃げだせない。
それらを嫌なほど思い知っている自分に対して言うだと?
ああ、鬱陶しい。胸糞悪い。
俺は特殊部隊に戻りたい。
上が変わっても、部署が公安のままでは意味がないのだ。
サイバー犯罪対策課
の奴が口を出せる領域ではない。ちゃんと勉強してからモノ言え!!ボケ!!
天道はラムダを睨み、口を開く。
「……言いたいことはそれだけどすかぁ?」
「敵の次の狙いは天道で決定しているんだ。もちろん助けも送るよ?」
あ゛?
ハッカーが拉致と闘うん??あほちゃうか?
「残念ながら、この身は1つだけでしてなぁ。堪忍な――」
誰が行くか。ボケ。
ドストレートにそう言いたかったが、遠回しに伝えてみる。
だが、ラムダは天道の意思を気にせず、被せ気味に発言してきた。
「それにね?君がおとりになってくれれば、アレクセイだけじゃなく、その同僚のウラジーミルってスパイも一緒にPNG出来ちゃうんだよね。」
「――!!」
「確かに君の評価も上がるけどさ?君だけじゃなく、1課2係7班に直接危害が加わるのも何とかしておきたくない?それに、倉木の件で
また君に疑いがかかるかも
よ?」無実の罪を着せられることは避けたかった。
天道は、前の上司である
かなり疑われたし、嫌な目にも遭った。
先月、やっと自分の無罪が認められたのだ。
なのに、次の上司である倉木が怪しいため、また天道は危うい立場になった。
今回の拘束で、また自分に嫌疑が降りかかることになるのだろう。本当に鬱陶しい。
まぁ……そもそもが怪しい奴だったが、今回の拘束で阿久津と似たようなことをしている可能性が高くなった。
そして、こいつどこまで知ってる!?
ただの
サイバー犯罪対策課
ならば、ここまでの情報は把握させてもらえないはず。斎藤だってここまでは知らないはずだ。上が情報を降ろさないだろう。
恐らく自分と同業者の…晴野の兄と関わりがある、警察官――まさか、コイツ
公安
か!?いや、だとしたら最初から公安だと名乗ればいい。
斎藤も公安だから、隠す意味は無いはず。
先輩後輩関係で同じ所属なら、公言しても構わないはずなのだ。
それでも隠した意味とは?――
まさか
。天道はラムダを見る。
ラムダはまるで「正解だ。」というかのように、口元に笑みを浮かべた。
――おえおえマジか……。コイツ、
恐らくこの件は断れない。
拒否権が無い
。だが、本当に助けは送ってくれるのだろう。
――捨て駒にされるよりマシか。
天道は腹をくくる。
目を閉じ、本日何度目かのため息をつく。
そして、目を開き、ラムダに返答する。
「……俺は何すればええんや?」
「明日、君の協力者に呼び出されるはずだから、
いつも通りに
会いに行ってくれ。その協力者がR国スパイ側に寝返ってるけど、知らないふりして拉致されて欲しい。まぁ、多少痛い目見るだろうけど。」あー。うん。拷問コースっぽいな。
これ、危険手当とか労災降りるんやろか……。
「……わかりました。」
「これが敵に流れた、君に関する情報だよ。プロフィール、かなり適当になってるみたいだから暗記しておいてね。
権三郎
くん。」ラムダは懐から、折り畳んだ1枚の紙を取り出した。
天道に渡す。
「……
天道は苦虫を100匹ほど嚙み潰した表情で受け取る。
何だろう。晴野が決めた名前のせいで、本名などが流れなかったことについて喜んでいいのかどうかの判別がつかないのだ。
助かったはずなのに、素直に喜べないのである。
本当、誰が
晴野…アイツ、ほんま好き勝手におちょくりよって……。
とりあえず、見てみるか。
受け取った紙を開くと、A4サイズになるようだ。
現住所は都内。実家は京都だ。
…待て。何だこの学校名。通ってないぞ。
この学校は確かに実在するが、既に廃校になっている。
てか、設定細かいな。
卒アル写真の捏造すっご。もはや職人やん。
次に家族構成。
父親の名前が
だいたい、こんなに兄妹おらんわ。兄貴だけや。
てか、名前!!どうせなら海で揃えろや。
何で俺と長男だけちょい違うねん。さては途中で飽きたな!?
あとコレ、兄妹とか全部AI画像か!?無駄にクオリティ高いな!?
えぇ…俺、実家で犬飼っとったん……?シェパードやん。カッコ
……その犬の名前が「だしまき」って……。
腹減っとったんか??本当に適当やな!?
流出資料に心の中でツッコんでいると、ラムダが語りかけてくる。
「その資料は持って帰ってくれていいよ。偽物過ぎていらないし。まぁ、一通り笑わせてもらったんだけど。」
「……わかりました。貰っていきますぅ。」
本当は速攻破り捨てたいが、聞かれたときに答えられないといけないため、ありがたく貰って帰ることにする。
あとやっぱりお前、笑ったのかよ。
「あ。ちなみに奥歯とか治療痕あったりする?発信機埋めときたいんだけど。」
どうやらかなり危険らしい。
だからこそ体力がある俺が適任なのだろう。
まぁ、もとから襲われる可能性があると聞いてはいたが、まさか本当に実現するとは。
つくづく雨宮が助かっていて良かったと思う。
今回の事件は危険すぎた。
「……左上ならいける思いますけど…。」
「了解。後で埋め込むか。あ。過度に食いしばったりしないでね。」
「気をつけはしますけど……状況によっては保証はできまへんよ?」
「君、バカ
うるせぇ。ほっといてくれ。
まぁ、どうせこの1回だけの関わりだ。
上司を替えてくれるとか、期待してはいけない。
どこに落とし穴があるかわからないのがこの世界だ。
「じゃ、そういうことで。…あ、あと。
おうおう。ぜぇんぶ把握されとるようで。
ラムダのあまりの仕事っぷりに、
「……わかりました。その辺はどうぞご自由にぃ。」
「うん。よろしくね。話は以上だ。コレ、俺の連絡先。また20時に迎えに来るよ。――さ、戻ろうか。」
ラムダは軽く笑み、天道に告げる。
天道は表情を消し、ラムダと共に屋上を後にした。