探り合いの初詣 (1月4日11:00~11:30)
文字数 6,745文字
「疲れた……。」
声枯れ対策にのど飴を舐めつつ、ぽけっとする10分間弱が何よりの癒しだった。
……まぁ、数分で現実に戻されるのだが。
なにせ、どこにいても
こんな状況で落ち着くことは出来なかった。
休憩時とはいえ、実習中のスマートフォンの使用は禁止されている。
そのためお手洗いに行く以外は、日誌を書くか思考タイムになってしまう。…そうなると休憩が休憩じゃなくなるのだ。
他の実習生が休憩時間に実習日誌を書いている姿を見るのだが、そんなことしたら休憩が秒で終わってしまう。
晴野には無理だった。
なので、晴野はあったことのキーワードだけ書いて、家に戻って清書することにしていた。
晴野は実習日誌を取り出し、思考を開始する。
――今日あったこと……。あー、初っ端から参拝者に元気よく「お納めしません!」と言われたことかなー。初穂料の意味くらい、事前に調べてから神社に来てクレメンス。時が止まったわ。
仕方なく「お守りのお会計はXX円です。」と言う減目になったのだ。
……これは、本当は神社に居る人間として絶対に言ってはいけないことだった。
神職さんたちは忙しくて田中(晴野)の言葉を聞いていなかったことを願いたい。
――誰か上手な休み方教えてクレメンス…。はぁ。せめてもっと人がいない場所に逃げられればいいのに……。
浮かんでくる思考の大半は「お守りの補充、大丈夫かな。足りてるかな。」だった。
ありがたいことに参拝客が多く、補充担当の神職さんだけでは足りないのである。
その為、交代までの30分間の半分を補充に回していた。
神職さんも実習生も忙しいのだ。まさに戦場である。
残りは潜入するカルトへの不満だ。
教義がめちゃくちゃなのだ。複数の宗教を混ぜ込んだ上に、不自然なところは全てスピリチュアルでごり押ししている。
教祖が偉人として転生しまくっている上に、生存年が被る偉人に転生していた時はツインソウル設定とか何なんだよマジで。
予備知識として【
本来なら「叶えてくれるなら、私たちはXXします」「XXを捧げます」というような文が入るはずなのに、献上品も約束もしていない。カルトだから省略したのかもしれないが、本来の祝詞なら入るはずなのだ。
また、世界を救うと言っているのに、自分たちだけを救ってくれという始末だ。…本当に世界を救うのなら「この世をさまよう子羊たち」と言うべきなのに。
知識があるから騙されないと思いたい。仲間にされるのは絶対に嫌だ。
誰が信じてやるか、あんな謎教義。
――とりあえず、今は実習だわ。今日乗り切ったら明日で終わり。頑張ろう
田中(晴野)は鞄を持って立ち上がり、再び参集殿へと向かうのだった。
――20X1年1月4日 11時30分 都内某所 某神社
駐車場に着き、車から降りて神社へと向かう。
空いたところが遠かったため、鳥居まで距離があった。
「3が日外したけど、人多いなぁ…。まぁ、神社自体有名やし大きいから、常日頃人も集まるんやろうけど。」
外は寒い。
だが、天道は歩くのが早い。
特に
境内に木々が多く植わっており、神域でもあるからか不思議と清々しい空気に包まれていた。
そんな中、霧島は足を止めて周囲を見回し、呟いた。
「……神社って、けっこうバラバラ――見た目は統一されていないんだな。」
「神社によって建築方式は変わるわよ。この神社は違うけど、他県では
「へー……。」
霧島は興味深そうに周囲を見渡していた。海外育ちなので、神社自体が珍しいのだろう。
どこかの神社の外観は知っている様子なので、神社に立ち寄ったことはあるようだった。
「……霧島さん。行きますよ。」
「あ、悪い。周囲見てた。――あれ、天道は??」
「……。」
……天道はかなり遠くに居た。目視できるギリギリの位置だ。
それを見た霧島は無言になり、ため息をつく。
嵐山の表情も似たようなものだった。
「……行くか。」
「ああ。」
……引率…仲間との交流のつもりなら、せめて歩幅を合わせてほしかった。
だが、相手は天道だ。
そこまで高度なものは求めてはいけないのかもしれない。
「これで本当に運営できるのかしらね……。先が思いやられるわ。」
嵐山の呟きが後ろから聞こえてくる。
人ごみを縫って進むこと数分。
天道は手水舎付近に居た。
「……迷子になったんかと思ったわ。」
「お前が早すぎんだよ。」
「えぇ……嘘やろ…?」
天道の一言に、霧島が切り返した。
天道は納得がいっていないようだった。
手水をし、本殿へ向かう。
歩いていると神職の恰好をした女性とすれ違う。
白袴を履いている人とすれ違う際に、胸元に名札が付けられているのを見る。
名札には大学名と氏名が記されていた。
――年末年始の巫女バイトなのだろうか。……個人情報駄々漏れだが。
「……学生?バイトか?」
「…せやろなぁ。その割には学校名と氏名書かれとるけど。個人情報駄々漏れやん。」
霧島が疑問を口に出し、天道が答える。
天道は自分が【裏】の仕事に従事することもあり、個人情報が表にさらされていることに嫌悪感を示した。
だが、天道の回答を嵐山が否定する。
「私、巫女バイトしたことあるけど、名札なんて身に着けたことないわよ。それに、巫女は緋色の袴だし……。さっきの女性は白色だったでしょう?」
言われてみると、確かに白い袴の巫女は見たことが無い。
だが、白い袴の神職も
歩いていると、今度は白袴を履いた男性とすれ違う。
彼もまた左胸に名札をつけていた。
拝殿には長蛇の列ができており、警備員が列を整理している。
順番待ちの間に会話をしておきたかったので、
「巫女でないなら……神職のバイトって、あるんですか?」
天道は京都出身だ。恐らく神社とか寺とかに詳しいだろう。……偏見だけど。
天道は
「神職のバイトはあんまり聞かへんなぁ…。神職自体、資格が必要なお仕事やし…。」
「私も知らないわね。」
天道と嵐山は否定した。
次に、
「名札に書かれている学校名って、有名なんですか?」
「いや、さほど有名やないけど…。全国に2校だけしかない、神職資格を取れる学校の1つや。他の学部ももちろんあるけどな。」
「へぇ…。」
天道の回答を聞き、
「……学校から人員補充に借りてきたのか……?年始早々に??」
4人は不思議に思い、顔を見合わせる。
話しているうちにも列は進み、ついに
お賽銭を入れて二拝二拍手一拝をし、お参りをする。
――どうか、これ以上権力争いや上司陣のゴタゴタに巻き込まれず、仕事と学業に集中できますように。平和に班員と過ごせますように。
その後、お守りを受けに行こうと歩き出した。
道中に設置されたテントの無人コーナーで、おみくじを引く。
――わかってはいたが、仕事運は悪いようだ。なんだこの【面倒ごとに巻き込まれる。自分の芯を強く持て】って。予言かよ。
ただし、勉強運は良いようなので多少安心できた。
【安心して勉学せよ】と書かれている。
神様からのサムズアップは、受験生にとってはとても心強かった。
「……天道さん、どうでした?俺は仕事がある種想像通りでした。」
「……俺も。……大吉ではあったな。うん。」
天道を見ると、微妙な表情をしていた。
恐らく仕事運の欄がいうほど良くなかったのだろう。逆に何が書かれているのか気になったが、聞かないでおこう。
「私も仕事運は駄目だったわ。【抗えば抗う程深みにはまる。流れに身を任せよ】……何なのよ、もう……。知っていたけれど。」
「僕も。【上手くいくが、目上の人に振り回される】って書かれてたわ。完全に2月からの予言だろ、コレ。……面白いな。」
霧島はとても興味深そうにしていた。
嵐山と天道がおみくじを結ぶ用に設置された縄に、各自おみくじを結びに行った。
4人は再び拝殿横の授与所へ歩き出す――と思ったら、天道はそのまま鳥居の方へ向かって行った。
「――天道さん、お守り並ばないんですか?」
「ん?ああ…参集殿の臨時授与所の方に行こうかと。行に見た感じ、あっちのほうが空いとるようやったから。」
さすが
「なるほど……。」
鳥居をくぐる前に1礼し、天道に付いていく。
参集殿につき、列を見る。
確かに本授与所より人が少なかった。
比例するかのように窓口の数も少ないが、確かに本授与所より空いていた。
最後尾に並び、
種類はそこそこあるようだ。
縁起物も一緒に受けることができるようで、熊手や破魔矢、
「…お守り、こっちで
「あ、ありがとうございます。」
どうやら天道が
一応乗っておこう。
「――お次にお待ちの方、どうぞ。」
「お、次やな。進むか。」
「こんにちは――……んえっ!?」
「――っ!?」
――晴野!?
そこには白衣白袴姿の晴野が居た。
胸元には【
潜入先で使う名前ではない。……まさかの個人情報駄々洩れだった。
「……あー…お疲れ様です。……どうされますか?」
数秒の沈黙後、晴野はとりあえず微笑んで、お守りや縁起物の種類を聞いてくる。
言葉遣いもいつもに増して丁寧だ。
「……私はこの、紫色のお守りを。」
「こちらですね。」
嵐山は薄紫色の、色味が綺麗なお守りを選んだ。
晴野は注文を聞いたらすぐに、手元の
「僕はこの緑色のお守りを。」
霧島は緑色のものを選んだ。こちらは色味がはっきりしていた。
「神宮大麻2つ、厄除けの紺。」
「……厄年なの?」
「……俺の人生で災難に当たらんかったことは無いで……。異動もあるし。」
「な、なるほど。」
どうやら聞いてはいけなかったらしい。
厄年以外でも厄除け守りを持つことは出来るようだった。
「あの…受験ってどうなりますか。」
この神社には合格守りが置いていなかったのだ。
おみくじで神様から太鼓判を押されたとはいえ、いちおう受験生としては持っておきたいアイテムだ。
「勉学でしたら、学業守りです。学業成就と試験合格の祈願がされていますよ。」
晴野はお守りの解説をした。
どうやら受験は、学業守りの効果適応範囲に含まれているらしい。
「では、学業守りの紺色を。」
晴野は手元の
「以上でよろしいですか?」
「はい。」
「――合計6体で初穂料6千円のお納めです。」
天道は財布からお札を取り出し、木製のトレーに置く。
晴野は白い袋にお守りを入れていく。
俺らが家族ではないのを分かっているからなのか、班のメンバー分は小分けの袋に入れてそれぞれに渡してくれた。天道の受けた神宮大麻はまとめて紙袋に、お守りは小分けの袋に入れて、天道に渡した。
……さすが、気遣いができる晴野である。
晴野はトレーから初穂料を回収し、確認する。
「――ちょうどのお納めですね。」
「あ、神宮大麻1つは領収書で。あて名は特殊捜査本部経理宛でお願いします。」
恐らく1つはオフィス内の神棚の分なのだろう。
経費として申請するようだ。
「少々お待ちください。」
晴野は傍の台から領収書を取り出し、記入する。
「お間違いありませんか。」
実際に働いている会社名なので間違うわけないのだが、形式として晴野は問うた。
「合っとるよ。ありがとう。」
「ようこそお参りいただきました。――お次の方、どうぞー!」
晴野――田中は何事もなかったかのように、次の参拝客を捌きに行った。
参集殿の臨時授与所から去り、駐車場へと向かう。
車内に入ると天道が呟いた。
「……マジか。
「晴野の実習先って、神社だったの…。時期的に妙だと思っていたけど、神職系なら年末年始に実習が入るでしょうね……。納得がいったわ。」
晴野が実習だと言っていたのは、恐らくこの神社での実習の事だ。
期間からして、年末年始の忙しい時に神社で働くことで単位が取得できるのだろう。名札の付いた白袴の男女は全員が実習生のようだった。
受け入れの方からしても身元がはっきりしている上に、便利な人手だ。Win-Winになると思われた。
「……だから、お守りくれたんだな。」
自動車教習所の卒検の日、晴野が取った行動が腑に落ちた。
そのため、お土産などではなく普通にお守りを渡されたことに少々疑問に思っていたのだ。
「あら。そういえばそうね。…晴野は神社系の学部のようだし、日ごろからお参りする習慣があるのかもね。」
嵐山も同じことを思ったのだろう。
「……まぁ、晴野はちゃんと勉強しとる神道人っぽいし、カルトにはハマらんやろうな。ある意味人選
正解だった
んかいな。」「確かに。霧島サブリーダーもキリスト教徒だし…。」
「ああ。あのカルトはどうやら仏教、神道、キリスト教にスピリチュアルをぶち込んでる激やば世界観らしいから、ツッコまない様に気を付ければ良いと思っている。」
天道、
だが、嵐山は違う視点でこのことを見ていた。
「――ねぇ、これ……本名まで新上司周辺にばれてる……なんてこと、ないわよね?」
一瞬、他のメンバーが固まる。
いや、まさか……そんなことは…。
「――ないはずや。実際、俺も知らへんし。そういった事を知っているのは総務人事のかなり上――創設メンバーあたりの人間だけや。」
「…本当に?」
「それに、個人情報は緊急時以外下ろしてはいけない決まりやから、教えた瞬間違反――処罰対象になるで。だから、無いやろ。」
本当だろうか。
以前、
……雨宮の本名は、緊急時だから共有されただけと信じて良いのだろうか。
――
天道は否定したが、
なにせ、潜入をする班員が確たる信仰を持った2名なのだ。本当に偶然なのか疑ってしまう。
霧島も嵐山も、天道の回答は真に受けないことにしたらしい。
納得した風を装いつつ、視線を逸らしていた。
気まずい空気が流れる中、最初に口を開いたのは天道だ。
「――さて。どうする?飯でも食いに行く?」
なるほど。親睦会か。
いっぱい食べさせて恩を売るというのもあるのだろうが。
……参加したほうが利があるだろう。
「…俺は行きます。」
「あー…確かにお腹空いたわ。行くわ。」
霧島も同意見らしい。
腹の探り合いに付き合ってくれるのは、とても心強かった。
「――私はいいわ。飲食店だと食べられるものが少ないし。」
嵐山は味覚過敏だ。
そのうえ薄味を好むので、正月に開いているようなチェーン店では無理なのだろう。
嵐山は天道を見極めたいと言っていたため、少し残念そうな様子だった。
「わかった。嵐山を特捜の近くの駅に送ったら、何か食い行こうか。」
天道はそう言い、車を発進させた。