追跡と救援と (12月9日12:20~13:00)
文字数 4,851文字
スマートフォンを開き、先ほどの内容を思い出しながらメッセージを作成する。
警視庁の建物から出る頃には文章が完成した。
即座に晴野に送信し、駐車場に向かう。
だが、停めてあった場所は空っぽだった。
――俺の車が
無い
。まばたきするが、駐車スペースは空白のままだ。
ご自慢の天道の車はいずこ?
――まさか、盗難か!?警視庁の駐車場で!?それか、駐車場に停めていたのに交通安全課に
慌てて鍵を確認する。
天道は鍵をいつもポケットの中に入れていた。
車に置き忘れるというミスはしていないはずだが、急いでいたのでやらかしている可能性もあった。
ポケットには変わらず重みがあったから忘れてはないはず。
が――なぜかポケットから出てきたのは、
身に覚えのないUSBメモリ
だった。…いつすり替わった?
天道ですら気付かないのは油断していたか、余程の腕前かだ。
今回は恐らく油断していたのだろう。
ポケットに入っていたUSBの中身は、恐らく空だと思われた。
車を降りて以降の接触を考えると、犯人は
晴野は朝のミーティングで「班の車を使う」と言っていた。――つまり。
「ちょ……俺の車ぁああああぁあ!!!!?」
状況が容易に想像でき、天道は絶叫した。
天道の予想通り、晴野は天道の車に許可なく乗って、
――20XX年12月9日 12時20分 都内某所 天道の車の中
奇しくも天道が叫んだのと同時刻。
晴野のスマホが鳴った。
ポップアップメッセージを見ると、とある
〔晴野インカムつけろ〕と書かれている。
――ん…?インカム?…インカム……あ、マイク付きのイヤホンのことか!
晴野は再度信号で止まった際、ハンズフリーイヤホンの存在を思い出した。
「インカム」と言われているが、特捜では連絡手段として「ハンズフリーイヤホン」を使用する場合がほぼ100%だった。
この言葉のノリは、いわゆる「スマホ」を「携帯」と言う感じだと思ってほしい。
――そういえばウエストポーチに入れていたわ。やっべ。焦って存在忘れてた。
慌ててウエストポーチを探り、取り出す。
電源を入れ、左耳に入れる。
「テステス。こちら晴野。現在地XX3丁目。
《こちらザック。現在地OO2丁目。
225は誘拐を示す
刑法225条、営利誘拐の条文から来ている。
やはり、
晴野は通話しながら助手席のダッシュボードを開け、小型のアタッシュケースを取り出す。
中には天道の所持している愛銃が入っていた。
――良かった。予備弾倉は撃ち尽くしていなかったみたい。
特捜の地下射撃場に弾丸が用意されているため、自前ではなくそちらを使ったのだろう。
「了解。遅れてごめん。検討を祈る。」
《
「おうおう!免停上等でぶっ飛ばして助けてやんよ!」
《その意気だ。》
信号がまだ変わらないことを確認し、弾を込める。
特捜のルールで、銃は持ち出す直前まで武器庫に置いておかないと怒られるのだ。
これが晴野が銃を持ち出せなかった理由である。紛失防止の一環だ。
天道の銃は晴野にとって少し大きめではあるが、
本当に運が良かった。
本当は撃つ直前まで弾は入れてはいけないのだが、緊急事態だ。
弾を込め、誤射しないよう
信号が変わったので、車を発進させる。
つい先ほど、テロリストの車は右折でとある駐車場に入ったようだ。
あと5分もあればたどり着くが、一分一秒を争う事態だ。
どうか無事であって欲しいと祈る晴野だった。
――20XX年12月9日 12時20分 都内某所
腕を縛られ、目隠しをされている。
車は動いているため、一瞬の隙をついて逃げようとしても、降りた瞬間に対向車線を走る車に轢かれてしまうだろう。
犯人は雨宮の制服をあらため、ポケットの中のものを外に出した後は雨宮に対して触れてくることは無かった。
意外と紳士的だが、目的が女性に対する暴行以外の可能性が高いということだ。
家のことか、特捜関係か。
それとも両方か。
狙いが家のことなら何とかなる。
雨宮は1課に所属しているため、定期的に訓練を受けている。
体力差でプロの男性には勝てないが、一瞬の隙をついて逃げ、天道仕込みの点検(尾行の確認)と消毒(尾行者を撒く方法)でオフィスへ帰還することは恐らく問題なくできるだろう。
ただし、狙いが特捜だった場合。
逃げだせる可能性が極めて低くなる。
帰り道を狙われたということは、行動パターンを把握されている可能性が高い。
それに、
誘拐には反社会勢力以外に今の案件であるスパイが絡んでいる可能性もあった。
生き残れる可能性も低いかもしれない。
雨宮が焦っている理由は他にもあった。
雨宮の鞄は公安が持っているのだ。
雨宮はいつもプライベート用のスマホも、仕事用のスマホも、落とし物防止のため鞄に入れるようにしていた。
そう――頼みの綱である
スマートフォンが無いのだ
!スマホさえあれば
だが、雨宮のスマートフォンは公安が持っており、今ここにないのだ。
特捜所属を示すネクタイピンも鞄の中に入れていたため、ある意味ではセーフなのだが、それでも自分の位置情報を示すものが無いのは不安で仕方なかった。
また、念のため持っていたお洒落な護身用具も奪われていた。
ポケットの中に入れていた、少し大きめの赤色のリップは
同じくポケットの中に入れていた、ピンク色のUSBメモリはスタンガンだった。
残りは父が冗談半分で靴底に仕込んでいた、小さめの細身のナイフしかない状況だった。
非常に心もとないのである。
――もう、これ、どうすればいいんですのよ!!!泣きそうですわ!!!
そうこうしているうちに、車が停まった。
「降りろ」と言われ、腕を掴んで車から降ろされる。
このまま車に乗れば、どうなるかわからない。
雨宮は覚悟を決めて周囲の気配を探り――暴れることにした。
敵の数は5人。
うち、セミプロっぽいのが2名。残り3名は素人だろう。
雨宮は縄抜けの要領で腕を縛るロープを外し、目隠しを外して男に蹴りを叩きこんだ。
「ぐあっ!?」
「――なっ!?」
男の悲鳴を聞き、他の男たちが驚く。
雨宮は距離を取り、靴底に隠していたナイフを取り出し、構えた。
まずは人数を減らしたかった。
雨宮は素人から戦闘不能にすることにした。
「――お父様直伝!!やぁああぁあ!!」
父親のことを口に出して、わざと大振りする。
特捜だとバレていて欲しくないという思いと、父が武術が好きなのは有名なので、負けたとしても軽く戦えてもおかしくはないと言い張る為に――カモフラージュの為に叫んでみた。
素人の男はびっくりして、体を大げさに反らした。
――バランスを崩した!
そのまま地面に倒れるよう体重をかけて押し、倒れ込んだところをナイフの柄で殴り、気絶させる。
――まずは1人。
セミプロっぽい男が警戒し、前に出た。
動こうとしたとき、男は腰から銃を抜き、雨宮に向けて構えた。
「随分とお転婆なお嬢様だ。大人しくしたほうがいい。」
「――!!」
――敵は銃を持っていましたの!?悉く運がありませんわね!!?
「ナイフを離して手を上に上げろ。」
1課は対銃戦を想定した訓練も受けている。
やろうと思えば闘えるだろう。
だが、それは相手の銃がこの1丁だけだった場合の話だ。
雨宮は
防弾チョッキを着ていない
。どう考えても負けは濃厚だ。
――従うしかないのだろうか。
そう、諦めかけたその時だった。
ギャギャギャギャ……キキーッ!!
ものすごいスピードで車が駐車場に侵入してきた。
入ってきた車は、とても見覚えのある車だった。
運転席の開いた窓から、何かがこっちに投げ込まれる。
「
「きゃぁ!」
雨宮は咄嗟によろめくふりをして目を腕で塞いだ。
直後、
パァン!!
防御が間に合わなかったのだろう。
「
晴野は伏せた状態から素早く起き上がり、助手席のロックを解除し、天道の銃で敵を撃つ。
銃を構えていた男の手から銃を弾き飛ばし、おまけに腕も撃っておく。
その後、他の男たちの足を撃ち、この後追いつかれる可能性を減らす。
晴野は銃撃はそれほど得意ではないが、敵との距離が近いので、なんとか狙った位置に近い場所には撃てていた。
時々ニアピンだが、それはご愛敬だ。
精密射撃は天道、
雨宮は晴野の攻撃の隙に、助手席へと乗り込んだ。
雨宮は急いでシートベルトを着用する。
対処が間に合い、影響が少なかったのだろう。車から降りる手間が省けた。
雨宮が乗り込んだのを確認した後、晴野は敵の足を潰すために、敵の車のエンジンも撃ってから逃走した。
直後、駐車場でテロリストの車が爆発した。
汚ねぇ花火だ。――ざまぁ!!
――20XX年12月9日 13時00分 都内某所 地下駐車場
キキー。
晴野はとある地下駐車場に車を止め、シートベルトを外す。
雨宮を乗せてからは安全運転に努めていた。
ドアを開け、降りる前に雨宮に声をかけた。
「よし。
「…はい。晴野、ありがとうございました…。」
誘拐されたのが怖かったのだろう。
雨宮は震える手でシートベルトを外し、車から降りた。
キョロキョロと周囲を警戒する雨宮。
晴野は運転席から降り、ウエストポーチからあるモノを取り出し、雨宮に近づく。
「
晴野は雨宮に後ろから抱きついた。
最近の晴野はすごく人懐っこいというか、距離が近い。
雨宮は暴露大会で打ち解けたからだろうと思っていた。
それに、兄はいるが姉はいなかったため、年上の嵐山や、年が近い晴野と仲良くできるのは嬉しかった。
驚きつつも、振り払わず受け入れる。
最初はただの抱擁だと思っていた――が。
――え
抱きつかれた直後、雨宮は晴野に口をふさがれた。
口元と鼻を覆うようにハンカチがあてられており、何かを吸い込んでしまった。
おかしい
。何でこの状況で、晴野が物理的に口をふさいでくる必要があるのだろうか。
「はれ…、の……?」
視界がかすむ。
睡眠系の薬品だろうか。
体からどんどん力が抜けていく。
崩れ落ちる体を晴野が支える。
薬の影響で雨宮は晴野の表情を読み取れなかった。
雨宮は必死に思考を巡らす。
――晴野は班の仲間で、
…あら?何で地下駐車場なのかしら。
ここは特捜の駐車場では――ない。
――どうして晴野は私をここに連れてきたの?
乗っていた車は、天道の私物だった。
だからこそ安心してついていったし、何より晴野を同じ班員として信用していた。
――おかしい。晴野の目的は何?
機能しない視界で必死に晴野を見つめるが、ぼやけていてわからない。
複数の足音が聞こえてくる。
必死に何が起こっているのかを把握しようとするが、頭が回らない。
体が動かないため、抵抗もできない。
足音がどんどん近づいてくる。
状況が状況なだけに、雨宮は混乱し、恐怖を覚えた。
「
雨宮は遠のく意識の中で、晴野の声を聞いたのだった。