募る不安 (12月9日12:35)
文字数 6,479文字
オフィスの空気は重い。
「まさか、
「しかも、天道の案件が何かわからないけど、晴野が抱えていた
雪平と嵐山が発言した。
彼らは先ほど秘匿班(スカウト)から戻ってきたばかりだ。
メッセージを読み、慌てて戻って来てくれたみたいだが、現状何一つ出来ることは無い。
「約20分前、公安から雨宮が誘拐されたという情報が入った。恐らく晴野も
渦雷が口頭で情報を説明した。
12時15分ごろ、公安から雨宮が攫われたという連絡が入った。
恐らく晴野が所属している
確かに緊急時だが、ここまでは良い。
だが――晴野と雨宮の連絡が遮断されていることが問題だった。
そして、雨宮も行方不明のままだ。
晴野からは、雨宮の発信機について連絡を入れた直後に「連絡あざす!見なかったことにしてちょ!行ってきます!!」という返信が来て以降、連絡がつかない。
晴野まで誘拐されたか。
それとも犯人側の探知を防ぐために、意図的に通信手段を捨てているのか。
本来ならばすぐにでも追いかけるのだが、恐らく行かないほうが良いだろう。
今の状況は危険すぎる。
主な理由は3つだ。
1、探しに行こうにも現在位置の把握ができない。
晴野のパソコンのモニターに表示されていた、発信機の信号の半数が12時30分頃を境に消滅していた。
試しに雨宮の仕事用スマートフォンを鳴らしてみると、公安の人が出た。
雨宮は鞄を公安に預けていたのだ。
よって、スマートフォンの位置情報では雨宮の位置情報を掴むことができない。
この位置情報は今でも生きているようで、地図上で公安の車の居場所を示しているようだった。
また、晴野の居場所も不明だ。
心配した東雲が、晴野のスマートフォンの位置情報に探りを入れるものの、どうやら通信を遮断する専用のボックスか何かに仕舞いこんでいるようで、現在地が不明であった。
消滅した信号の発信機も同様に追ってみたが、結果は同じだった。
さらに、晴野のパソコンのモニターを見ると、雨宮の兄弟も同じタイミングで誘拐されていることがわかった。発信機の示す現在地が全員バラバラなのだ。
こちらも12時30分までに【恐らく本人の位置を示しているであろう発信機】からの信号が消滅している。
信号が生きているのが公安の車に置かれた荷物の中の発信機、死んでいるのが本人に付けられた発信機だろう。
恐らく他も【護衛対象者からスマートフォンが入った鞄を預かった】のだろう。
2、誘拐の意図が不明だ。
普通、公安が守っている対象に
答えは否。計画的犯行の可能性が高い。
雨宮はお嬢様学校に通っており、恐らく富裕層。
護衛が居ることを織り込み済みで、犯行計画を立てている可能性が高い。
親が政治家の場合は法案や不祥事が、会社を経営している場合は会社の情報が、警察や裁判官などの公務員の場合は復讐目的の誘拐だろう。
だが、雨宮は青少年特殊捜査本部の班員でもあった。
そのため、雨宮の個人情報が漏れている可能性も考えなくてはならない。
雨宮の口を割らせるために、兄弟を人質にとった誘拐という線もあり得るのだ。
目の前で兄弟の生命が脅かされた場合、雨宮は知る限りのことを話してしまう可能性も考えられた。
厄介なことに、特捜関係者に裏切り者がいることも容易に想像ができる。
セキュリティーは高めてはいるが、人の心までは見ることができない。
特捜の情報目的の誘拐だった場合は、俺らの個人情報も洩れている可能性が高い。
天道経由での恨みや、阿久津関連のテロリストの場合も考えられる。
次に狙われるのは、天道と俺たちだ。
ここで雨宮の救出に動くと、1課2係7班の壊滅(被害)が拡大することになりかねない。
俺らを盾に上層部と交渉になった場合、さらに厄介だ。
上層部が交渉を受けてもはねのけても迷惑は掛かるし、最悪の場合機密情報がいくつか漏れる危険性がある。
報道された場合はメディアに囲まれ顔は割れるだろうし、ネット民が面白おかしく俺らの個人情報を暴いていくだろう。
また、相手がプロだった場合、捕らえられたのちに拷問される危険性もある。
班員への信用はあるので、ある程度嘘を交えて変な方向に誘導することもできるが、1人ずつバラバラにされたうえでの場合はカオスにしかなり得ない。
「秘匿班(スカウト)で聞いた」という噂話テイストではカバーしきれない可能性の方が高いのだ。
そうなると、みんなで黙って死を待つのみになってしまうが、雨宮の兄弟という一般人が巻き込まれている。
どうあがいても
3、
晴野が所属している
しかも
万が一全滅していたとしても、こちらに内容が降りてくるかどうかは怪しい。
降りてきたとしても上辺の情報だけだろう。
よって、俺らは何もできない。
狙われた場合と救助に行く場合に備え、班にて各自が武装の上待機しておく。――これしかできなかった。
そうこう話して武装が完了すると、第二ロックが解除された。
警戒すると、入ってきたのは天道だった。
なぜかお怒りの形相だ。
天道はデスクの方に来ると、渦雷に話しかけた。
「――おえ。晴野はどこに
初っ端から殺気全開で怖い。何なんだ一体。
そもそも嫌がる晴野を連れて行ったの、天道さんだろ。
何があったのかは知らないが、こちらに当たらないで欲しい。切実に。
「…まだ戻ってきていません。恐らく、元々持っていた
渦雷は表向き判明している状況を説明した。
晴野のデスクのパソコンに表示されていた
渦雷の発言を聞き、天道の目から光が消えた。
より殺気が強くなる。待て。俺らを巻き込むんじゃない。
「これ、何かわかるぅ?」
「――USB…?」
天道はポケットからUSBを取り出し、渦雷に渡した。
黒色で、重厚感がある見た目だ。重量もUSBにしては重めだった。
中身に何か問題があったのだろうか?
晴野が腹いせにウイルス仕込んだ、とかではないことを祈りたい。
「貸して。確認する。」
「頼む。」
資料室から腕と顔を出した東雲に渡し、中身を確認してもらう。
東雲は念のため、システムから切り離されたノートパソコンにUSBを差し、中身を確認する。
《――ねぇ、天道。これ、中身空なんだけど。ウイルスすら入ってないよ。本当に空っぽ。
スピーカーを通して東雲の声が室内に響く。
どうやら中身は空っぽだったようだ。
「うん、開けてみたけど発信機とかも仕込まれてないよ。本当に空っぽだね。――返すよ。」
東雲は資料室から腕と顔を出し、渦雷にUSBを渡した。
普段ならドアを閉めて引きこもるが、今日はそのまま様子を窺うことにしたらしい。
渦雷は疑問の表情で天道を見る――と、近づいてはいけない雰囲気だった。
何なんだ一体!?
「あいつ――俺の車盗みよった。車の鍵が
天道の怒りが更に増え始めた。最後は独り言だ。非常に怖い。
班員は距離を取りつつ、資料室の入り口付近で小声で会話する。
「……。そういえば、晴野さんが班の車を使うって…朝言ってたような…。」
「あらぁ。無理やり連れていかれた先に、ちょうどいい車が落ちていたのね。晴野、ナイス復讐ね。」
青ざめた雪平の発言に、少し楽しそうに嵐山が呟いた。
「マジか。あの天道から車のキー奪ったのか……。いつもポケットに入れて身に着けているから難易度メチャクチャ高いのに。…晴野ってマジで何系?もはや3課系じゃねぇだろ。アイツ、いったいどこに向かってんだ…?」
霧島は晴野が何者なのかが気になっている様子だ。
朝の発信機(だと思われる)の仕掛け方がプロ級だったからだと思われる。
「晴野ってやればできる子だよね。すぐ手を抜くけど。まぁ…天道との一件でオペに回されてから努力しなくなってたみたいだけど、最近は天道の目がない時は少しずつ頑張ってたよね。その成果かな?晴野、すごい。」
東雲は晴野が今まで手を抜いていた原因について触れつつ、本気を出した晴野を褒めていた。友人として誇らしいのかもしれない。
「晴野には驚かされてばかりだが……まさか、霧島サブリーダーの下位互換になったりするのか…?…今後いくつか頼めるかもな…。」
渦雷も霧島同様、晴野の行く先と今後の作戦運用にて担当してもらう動きについて考えていた。渦雷はリーダーとして、個々の実力を十分に発揮してもらいたかった。
「――もしかしたら天道の車をNシステムにかけたら…いや、それは晴野も予想してるか。どこかで捨てて乗り換えてるはず。やめよ。」
東雲が天道に聞こえないよう超小声で呟く。
発見しても天道の利になることもあり、晴野の居場所捜索は諦めたようだ。
もし、乗り換えずにいたとしても、天道が
天道にはギリギリ聞こえていないだろう。
許さん、と繰り返し呟いている。軽くホラーだ。
どうしようかと思っていると、再び第二ロックが解除され、倉木――天笠さんが入ってきた。
天道を見てビビっている。顔に何があったんだ、と書いてあるようだ。
どうやら倉木さんでも恐怖を感じるらしい。…天道は
一体何の用だろう。
天笠はビビりながら口を開く。
「…――ええと、あー…。――うん、どういう状況…かな…?」
倉木(天笠)は顔を引きつらせながら周囲の様子を窺っている。
用がないなら帰って欲しい。こちらは忙しいのだ。
既に渦雷、霧島、東雲の3人で大まかな行動方針(武装しておく)は決めた。
だが、今いる全ての班員だけで今後想定されるケースを話し合って、対応を決めておきたかった。
話し合うためには情報漏洩の危険性を下げる必要があり、天笠ほど邪魔な存在はいなかった。
また
掃除
もしなければならないし、タイムロスが大きい。本当、何で来やがった。
有益な情報が無いなら来ないでほしい。
まさか、また監視する気じゃないだろうな!?
そんな倉木に構うことなく思考を回す渦雷たちとは反対に、天道は倉木に絡みに行った。
「あ、倉木さんやん。こんにちはぁ。ちょっと色々有ってんねん。ええ、色々ありましたんやで?」
「え、ああ、はい…。色々?ええと、何が――」
「わかってはるんやろ?のぉ、倉木さん?ええ?」
なるほど。天道は対倉木用の兵器だったか。
存分にやって欲しい。
くれぐれも、俺らには当たらないでくれ。
「いや、うん。…雨宮さんが誘拐されたと報告があってね…。気になって来たんだが、無事そう?で何よりだが…天道はそんなに雨宮さんを心配していたのかい??」
「はぁ?誘拐??俺の車の件ではなく?――そういえば、雨宮も
「車っ??天道の??ん?雨宮さんじゃなくて天道の車!?」
会話がカオスへと発展した。
会話がかみ合っていない。俺らは何を見せられているんだ。
「…倉木さん、天道さん。2人とも用がないなら出て行ってください。俺らは忙しいです。あと、天道さん。元特殊部隊員だったようなので大丈夫かとは思いますが、身の回りには気を付けてください。雨宮が誘拐されました。こちらの情報が漏れている可能性があります。」
「あ゛?誘拐ぃ!?――雨宮が、か?」
誘拐と聞き、天道の態度が一変する。
一瞬で冷静になり、言葉の最後はガチトーンに変化した。
「阿久津の件が関わっている可能性もありますので、十分気を付けてください。俺らはこのまま泊まり込みますし、引き続き基本的には特捜オフィスから出ないようにします。護衛は不要です。できるだけ固まって動きます。」
「待て待て待て。状況が呑み込めん。――誘拐って何や。詳しく言いぃ。」
《倉木はどうなの?何か用があるなら早く言ってクレメンス。忙しいんだよ、こっちは。》
「いや、無視すんなや。おぇ東雲!!誘拐って何や!?」
東雲は天道を無視して倉木(天笠)に話しかける。
天道は険しい表情で東雲――資料室のドアに向かって問いかける。
《天道ウルサイ。》
「…私は雨宮が誘拐されたと聞いて、君たちが無事かどうか確認しに来ただけだ。以前室内に監視カメラと盗聴器が仕掛けられていただろう?その延長線かと思ったんだ。――関係はありそうかい?」
困惑しながら倉木は特捜オフィスに来た目的を説明した。
《実行犯である可能性は低そうだけど、繋がっている可能性は捨てきれないと思うよ。》
「俺らもまだ詳しく知らないし、情報共有もあまり出来ていません。不確定要素ばかりです。」
東雲と渦雷が倉木の質問に答えた。
悩む倉木。
置いてけぼりを食らった天道は、焦りながら口を開く。
「……こう言えばいいん?――〔今北産業〕。ほれ。言いぃ。班で情報共有や。時間ないやろが。」
天道はネットスラングを使って、東雲に説明を求める。
元特殊部隊員のため、誘拐やら凶悪事件への危機感は凄まじい。
上司として、警察官として雨宮の無事を心配しているようだ。
東雲はため息をつき、返答する。
《雨宮が下校時に誘拐されたと公安から連絡が入る。
晴野は
天道と倉木が来てカオスになる。
……これでいい?ちゃんと説明したよ。》
倉木は事の重大さに驚き、慌てて周囲を見回した。今現在オフィスに晴野が居ないことに、気づいていないようだった。
顔つきが更に険しくなった天道は、矢継ぎ早に質問を投げかける。
「雨宮の位置情報は?」
《雨宮本人の位置情報は不明だよ。スマホは公安が持っているみたいだよ。恐らく鞄ごと公安に預けて車に乗る直前に誘拐されたんだろうね。》
「晴野には連絡したんか?今すぐに戻らせろ。危険や。
《だから、音信不通!晴野のスマホは圏外だよ。》
「は!?辿れへんの!?」
《試したけど無理だった。恐らく通信を遮断する専用の箱か何かに入れてるんだと思う。》
「確認したのはいつだ。どれくらい前や?」
《12時30分ごろにはもう連絡がつかなかったよ。晴野との連絡が出来たのは12時15分が最終だね。》
「――!!!…お前らは動くな。絶対に特捜内に居ろ。」
《…倉木さんは何か知ってるんじゃないの?公安だよね?》
ここで、東雲は再び倉木に話題を振った。
隠していることがあるならすぐに言え、と言わんばかりの語気を感じる。
他の班員も倉木のほうを向き、視線で圧をかける。
「悪いが…本当に何も知らないんだ。知らないからこそ情報が欲しくてここに来た。君たちなら犯人に心当たりがあるかと思ってね…。」
《あるわけないよ。内部犯から天道が関わっていた協力者が暴走した可能性まで全部洗いだして、今後の方針と雨宮の捜索に乗り出そうとしてたんだよ、こっちは。情報が無いなら帰って。本当に時間ないし、邪魔だから。誘拐事件が大変なのは警察官なら知ってるでしょう?》
東雲の怒りはマックスだった。
「――わかった。私は警視庁に戻る。情報が集まり次第、再度連絡することにしよう。…くれぐれも、ここから動こうとしないでほしい。」
何も知らない倉木の発言で、この場は一旦納められたのだった。