初夏(4)

文字数 1,016文字

 ショックで呆然とした。入社以来、他の同期に比べて先輩に恵まれ忙しいながらも会社に通う事が憂鬱になった事はなかった。

 ただ原田課長だけが苦手で避けていた。先輩とも険悪な空気で衝突も度々目にしていたせいもある。

 怖かったので怒られている時以外会話した事もなかった。
 毎朝課長が早く営業に出る事を望んでいた。課長がいなくなるとホッとして帰社するとズシンと気が沈んだ。

 そんな大の苦手の課長の下でOJTをする事になり業務全般の指導を受ける事になるというのだ。

 しかも明日からは主に課長から指示を受けて欲しいという。私も会社を辞めたくなってきた。明らかに動揺して気落ちしている私をみて先輩達は

「明日、会社来てね。」

 と私を励ました。

「大丈夫です。行きます。」

 そう言ってみたが全然大丈夫な気がしなかった。

 翌日は気が重かったがいつもより早く家を出た。

 会社に着いて着替えると早々に机を拭いた。今週は私が当番だった。まだ時間が早いので営業は誰も出社していない。

「おはようございます」

 支店長は返事を返しながら

「早いね。」

 と言った。

「はい。当番なので。」

 と言いながらさっさと手を動かした。発券課の末永課長も席にいた。

「おはようございます。」

 と言いながら落ちている煙草の灰を取ろうとしたところ課長が

「灰が落ちてるね。」

 と言った。私は「またか。」と思いながら笑いつつ

「ハイ。」

 と答えてダジャレに付き合った。入社以来のしきたりだ。

「そうですね。」

 とか言ってみた事もあるが

「はい。」

 というまで末永課長は

「灰が落ちてるね。」

 と言い続ける。同期のマリにも同じ事をしているらしい。末永課長は温和でやさしい感じだ。

 私は笑顔を残したまま他の机も急いで拭いた。営業が出社してくると拭きづらくなるし自分の朝の仕事も遅くなる。

 顔をあげたとたんに出社してきた原田課長と目が合った。瞬間、顔がこわばるのが自分でもわかった。ごまかすように努めて元気な声で

「おはようございます。」

 と挨拶した。原田課長は笑顔のかけらもなく

「おはよう。」

 と言った。地声がとても低いので本人は普通なのかもしれないが不機嫌なのではないかと不安になる。

 何かまた指摘されるのかと身構えたがなんでもなかったようですぐに煙草に火をつけた。

 早川のと同じ銘柄だ。一瞬煙草に目がいった。

「何だ?」

 と課長が聞いた。私はあわてて

「何でもありません。」

 と言って残りの机を拭く作業に戻った。
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