暗雲(1)

文字数 744文字

 課長と別れて帰路につく頃には麻酔の効果は消えてくる。今やまた不安が私を捕らえはじめた。

 まるで今にもザアッと降り出してきそうな空を覆う真っ黒な雲のように不穏で不吉な前兆。

 暗雲は私たちの頭上に広がって私たちを飲み込もうとしているようだった。

 週末はそんな不安を抱えたまま落ち着かなく過ごした。何をしていてもどこか集中出来なかった。

 気持ちが不安定で神経がささくれ立って些細な事で家族と衝突した。自己嫌悪に陥ってますます気分がふさいだ。

 しばらく自室に引きこもって音楽を聴きながら泣いた。泣けば緊張がほぐれて少しだけ楽になれた。

 こんな時は一人の方がいい。爆弾を抱えたまま家族の前では何事もないように演技するのは辛かった。

「会社でちょっといろいろあって疲れてたから。ごめんなさい。」

 八つ当たりしてしまった事を母に謝った。母はもうあれこれ追及はしない。夕飯の支度を手伝って食事を済ませてから入浴した。

 普段よりゆっくり入浴した。身体と顔の手入れを念入りにした。入浴後、髪を乾かしてからバスルームを出てリビングで顔にパックを始めた。

「渡辺さんて人から電話があったわよ。」

 母に言われて気づいた。渡辺が電話すると言っていた事などすっかり忘れていた。

「ああ。」

 私は生返事をした。

「電話の脇のメモに番号書いてあるから。電話欲しいって言ってたわ。」

 と母はさりげなく言う。本当はきっといろいろ聞きたいんだと思う。でも私は

「わかった。後で。」

 としか言わなかった。今は母と男が関わってくる話なんて出来なかった。するわけにはいかなかった。

 渡辺はただの知り合い程度で私が本当に愛している人は別の人なの。だけどその人は結婚してるの。だから私苦しいの。

 言えるはずもない。親に言えるような恋ではないから。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み