流れ(2)

文字数 750文字

 そんなある午後、私は接客に手間取りデリバリーの時間に遅れそうで少し焦っていた。

 今受けた接客分の処理は後回しにしてデリバリーに出ようと思っているとまたカウンターに人影が見えた。

 (あー、もう!)

 苛っとした感情を瞬時に殺して最高の営業用スマイルを浮かべ

「いらっしゃいませ。」

 と言った。

「あ。」

 目の前に見た事のある男性が立っていた。瞬間名前が出てこなかった。

「函館で一緒だった・・・」

 私が言いかけた。

「渡辺だよ。名前忘れてたでしょ。」

 スーツ姿の渡辺が立っていた。函館の時とはまるで別人だった。
 私はカウンターの外に出ていった。

「ふぅん。スーツ、カッコイイじゃん!」

「似合うだろ?俺。」

 確かに男がぐんと上がって見えた。

「うん。カッコイイよ。似合ってる。」

 私は素直に褒めた。

「で、どうしたの?今日は。わざわざ私にスーツを見せに来てくれたわけ?」

 私は聞いた。

「いや。すぐそばの代理店に仕事決まったんだ。で、近くだからネエさんいるかなと思って寄ってみた。」

 と渡辺は答えた。

「だからネエさんじゃないって!」

 と私は言いながら急いでいた事を思い出した。

「ごめん。私、急いで出かけなきゃいけないんだった。せっかくなのにごめんね。」

 と渡辺に言った。

「いいよ、いいよ。本当にすぐそばだからまた顔出すよ。はい、これ。」

 と私に名刺を渡した。刷りたての名刺には

 『共同広告社 渡辺 輝』

 とある。

「カッコイイじゃん。名前なんて読むの?テル?」

 と私は聞いた。

「ヒカル。」

「ワタナベヒカルか。カッコイイ名前だね。じゃあ私も。」

 私は席に戻って引き出しから名刺を出して渡した。

「カワムラミズキ。ミズキさんか。ミズキ。いいね。じゃあまたね。」

 渡辺はカウンターから去っていった。私は急いでデリバリーに向かった。
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