皮肉な成り行き(3)

文字数 797文字

 課長は歩くのが速いから私はいつも小走りしているようになって・・・

 今も課長は私の手をひいて歩いた。日比谷公園に着いてからも、さまよってる様にあてもなく歩きまわった後でやっとベンチに座った。

「ミズキはいつもこんな気持ちでいたってことだな。」

 課長は口を開いた。なんて言えばいいかわからなくて黙っていた。

「あいつに会った時からこんな事になりそうな気がしてたんだ。」

 課長は言った。

「あいつがそんなにいいか?」

 課長の横顔を見ていた。

 意思の強さを語る目。男らしい骨っぽい骨格。引き結ばれた唇からは弱音が吐かれたのなど聞いた事がなかった。

 男としての課長に惹かれないでいる事はなかっただろう。

 課長を見つめながら言った。

「彼じゃなかったとしても、課長以外のほかの誰かを好きにならないと終わりに出来ないでしょう?」

 課長は黙って前方を見ていた。

「終わりにしなきゃいけないのか?」

 課長はまるで自分自身に問うているようにも聞こえる様子で言った。

「苦しいの。」

 私も独白のように言った。

「課長を思えば思うほどいつかはこの思いを終わりにしなきゃいけないと思うと・・・」

 課長は黙っていた。

「私たちの思いの行き着く先は別れしかないんだもの・・・」

 課長が私の手をぎゅっと握った。

「お前を失うくらいなら、ほかの誰かに取られるくらいなら・・・」

 息が止まりそうなほど強く課長は私を抱きしめた。

「お前を離す事なんて出来ない。あいつに渡すなんて出来ない。」

 私を抱く腕に更に力を込める。哀しくて胸が痛い。

「だって私の方が課長と別れるしかないんでしょう?」

 私は言った。

「私に彼の元に行くなって言うのなら・・・別れて。奥さんと別れて。」

 課長がそんなこと出来ない、奥さんと別れるなんてするはずないのははっきりわかっていた。いつもわかっていた。

 この時も。わかっていたけれどずっと言えなかったことを私はついに口に出した。
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