新生活(6)

文字数 1,510文字

 始めの頃、恐怖だったのは電話だ。電話は一日中なっていたが特に営業がいる朝と夕方は常時電話がなっているという状態だった。

 配属されてすぐ先輩社員の石原から言われたことは3コール以内に電話を取ることだった。

「電話が鳴りっぱなしになってると課長に怒られるから。」

 という事だった。課長本人からも

「電話取るのは新人の役目だぞ。」

 と脅しのように言われた事もあった。私も先輩も電話中の時、他の営業の人が取らないと課長がすごく恐い顔で私を睨みながら愛想よく電話を取った。

 心の中では私も電話中なんだから仕方ないじゃないと反論してみたが課長が蛇のように冷たい目で睨んでいるのを見るとすくんでしまった。

 そんな訳で電話が鳴りつづけるとプレッシャーで私はびくびくした。

 電話に出たら出たでまた恐怖だった。顧客名が覚えられなかった。重要な得意先の担当者からの電話に

「失礼ですがご担当者様はどちら様ですか?」

 と聞き返し相手にムッとされた。恐ろしい課長の顧客だったため

「大手の得意先の会社名と担当者名くらいは覚えろ。」

 とまた叱られた。先輩は先輩で大手顧客と担当者名くらいは覚えるように教育しろと同時に怒られた。

 睨みをきかせながら冷たく突き放すような言い方が陰険で嫌な感じだった。先輩たちも課長の事を虫のように嫌っていた。私もものすごく怖くて大の苦手だった。

 そういう電話はまだよかった。一番恐ろしかったのは航空会社からの電話だった。初めて航空会社からの電話を受けた時のこと。

「記録みてください。」

 と始まりいきなり怒涛のようにアルファベットと数字と意味のわからない言葉をまくし立てられ全く理解不能に陥って先輩に変わってもらった。

 後で先輩から説明されたことにはリクエストしていた席が正式にOKになったのでコンピュータ上の記録を確認しておいて下さいという事らしかった。

 Aはエイブル、Bはベイカーという用語を使ってアルファベットを表現しており、各記録にはアルファベットと数字から構成されるリファレンスがあったが入社したての私はこれをまだ覚えていなかった。

 Mから始まるリファレンスで相手がマイクと言いはじめたので外国籍の人の記録かと思ってしまった。
 しまいには航空会社の担当者に

「マイクは忘れて下さい。わかる人に変わって下さい。」

 と苛々した様子で言われてしまった。

 その日、エイブルベイカーの用語を翌日までに暗記してくるように先輩に言われた。

 電話が取り次ぎで済む場合はまだよかった。が、取引先にしろ航空会社にしろ記録に関わる事になると航空端末で記録を確認する必要があった。

 緊張し処理に時間もかかった。時間がかかると相手を怒らせてしまうので更に緊張した。

 そんな事をしているうちに外出のために支店を出る時間が遅くなってしまい、ビザの申請や受領の時間がギリギリなんていうことも多かった。

 情けなくて泣きたくなることもあったが同じ業務をしている2人の先輩は私を温かく迎え入れ仲間に入れてくれた。

 カウンターに配属された同期のマリなどは私の事をうらやましいと言った。カウンターの先輩は陰険で意地悪でくせ者らしかった。

 きちんと指導している間がないほど忙しいというのもあるらしい。端末操作にしても

「一度しか教えないから見て覚えて。」

 と言われるので急いでメモをとろうとしてもメモを取る間もなく一瞬にして画面をきりかえられてしまう。

 どうやって覚えていいかわからない。仕方ないからいちいち教えてもらおうとは思わずマニュアル見ながらやっているんだとよく嘆いている。

 その頃は毎日、仕事帰りには同期数人でお茶したりご飯を食べたりして情報交換をした。
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