エデン(2)

文字数 938文字

「岩崎、行くぞ。」

「はい。」

 今朝出勤中に松屋の脇で課長にまた会った時に今日は岩崎さんと一緒に小池という取引先に行くと言っていた。

 岩崎さんはいつものようにホワイトボードに行き先をぎっしり書き込むと課長の後について出ていった。

 小池は主要な取引先だ。課長は岩崎さんを紹介しに行くのだ。課長は他にも自分の担当している取引先についても岩崎さんや島田さんなどの後輩を紹介して徐々に引き継ぐ事も今までしてきたらしい。

「俺達が今コンスタントに成績をあげられてるのも課長が道を作ってくれたおかげって部分も大きいんだよ。」

 と以前岩崎さんが言っていた。私は岩崎さんが羨ましかった。

 課長は以前にも増して精力的に仕事をこなしている様子が伝わってきた。私もまた先輩の大橋さんと連携して今までより以上にエネルギッシュに飛び回った。

「何かお手伝いすることありますか?」

 と営業の雑用なんかも積極的にかって出た。

 活力の源は課長の存在だった。朝、課長の姿を見つけると自然にパワーが沸いて来る気がした。

 仕事が苦にならなかった。課長がいるから頑張れた。

「行ってきます!」

 私も元気に挨拶して会社を後にした。

 午後、アメリカ大使館から赤坂方面に歩いている時だった。

「カワムラミズキ!」

 フルネームで呼ばれて辺りをキョロキョロ見回した。

「ああ、加藤くん。また会ったねー。」

 ユキの彼氏だった。ユキの彼氏であり私はバイト仲間だったからよく知った間柄だった。

「渋谷でも偶然だし。よく会うねー。」

 そういえば加藤くんの会社はこの辺だったかもしれない。

「”よく会うね”じゃないよ、カワムラミズキ。」

 加藤くんは私をいつもフルネームで呼んだ。

「あの人妻子持ちだって?ユキから聞いたけど。」

「子供はいないよ。」

 私は訂正した。

「だめだよ。そんなのやめたほうがいいよ。」

 なんで加藤くんに言われなきゃいけないんだとちょっとムッとした。でも軽く流す事にした。

「ダメって言うなら誰か紹介してよ。」

 本心ではなかったけれど私は言った。

「わかったよ。紹介するから必ずやめろよ。」

 加藤くんは真剣に言う。

「はいはい。じゃあ本気で紹介してくれる気あるなら連絡ちょうだいねー。」

「連絡するから別れろよ。」

「じゃ、急いでるからまたね。」
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