春の夜（３）

「少し歩こうか？」

　いつものように早川さんが言った。

「うん。」

　いつものように私も答えた。

　早川さんの前ではいつもどきどきしていて自分でああしたい、こうしたいとかわがままに振る舞った事はない。いつも言いなりだ。

　店から出るとどこというあてもない様子で人混みの中を駅の方向に歩いていった。

　早川さんが私の手を取った。私はほんの少しだけ早川さんに体をよせた。早川さんの匂いがする。早川さんの肩に頭をちょこんと乗せるようにして私は言った。

「早川さん、私まだ帰りたくない。」

　早川さんは黙って私を見た。

「帰りたくない。私、早川さんともっと一緒にいたい。」

　私も早川さんを見つめて言った。

「いいの？遅くなっちゃうよ。」

　と早川さんが言った。私は黙って頷いた。

　早川さんは黙ったまま歩き出した。私も手をひかれるまま歩いた。

　早川さんがどこに行こうとしているのかはっきりわかっていた。つまり私が帰りたくないと言った意味が正確に早川さんに伝わったという事だ。

　ホテル街まで来た。怪しげに光るネオンの数々を見ているだけでこれから起こる事が頭に浮かび心臓がバクバクした。

　早川さんの意識の中にも私を抱くということがあったことが嬉しかった。そんなことを考えてしまい期待で子宮が熱くなった。

　黙って手を引かれるままついていった。
　一軒のホテルの入口に入ったところで早川さんはいったん立ち止まり私の方に振り向いて言った。

「本当にいいの？」

　私はこくりと頷いた。