初夏(6)

文字数 715文字

 これまでも忙しかったが私はさらに忙しくなった。

 雑用といえば雑用だが今までは外出から戻ると石原さんや山崎さんが振り分けてくれたビザの申請書作りだけをすればよかったものが今では営業がどんな事でも直接私に言い付けるようになった。

 結果的に石原さんや山崎さんの方が先に退社しても私は残って残業をしているというのが普通になってきた。

 わからない事ばかりなのでいちいち原田課長に聞きながらやるか、原田課長が忙しく聞けない時は誰か近くにいる営業の男性に聞きながら仕事をした。

 先輩達は

「ごめんね。なんか大変になっちゃったね。」

 と気遣かってくれた。

「課長は怖いけど島田さんとかやさしいから課長に聞きにくかったら島田さんとかなら教えてくれるよ。」

 とこっそり教えてくれた。

 課長に「川村!」と呼ばれる度にビクッとした。たいていは怒られる事ばかりだったからだ。

 毎日課長のペースについていくので必死だった。

「お電話ありがとうございます。YTトラベル川村でございます。」

 いつのまにか電話も構えずに出られるようになっていた。

「あ、川村さん?ですか?」

 確かめるように聞き返してきた声は間違うはずもない、早川さんの声だった。

「エムエス不動産の早川ですが。」

 事務的な口調なのは会社からの電話という事だろう。

「早川さん!」

 思わず顔が輝く。嬉しくて声も営業用の作り声からさらに1オクターブくらいトーンが上がった。

 引き継ぎなどでバタバタとした日々のある夜の事だった。

 早川さんとのあの夜から2週間近く経っていた。あの日以来数日はあれこれ思い悩んだりもしたが、自分を取り巻く環境もバタバタとしていたので最近では連絡がない事も諦めに似た気分になっていた。
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