晩夏(3)

文字数 588文字

「お先に失礼します。」

 20時少し前にやっと仕事の目処がついて先に会社を出た。

「先に出て時間潰してて。シャンテの前に20:30には行くから。」

 というメモを渡されていた。課長が来週月曜以降の私達のスケジュールを確認に来た時にさりげなく書類の下に滑り込ませたのに気づいた。

 大丈夫。私の周りは誰もいなかったし堂々と手渡しされても気づかれない状況だった。

 地下道を通ってソニプラをぐるりと一回りしてからマリオンの脇の出口に出た。そこからは地上を歩いた。そろそろシャンテに行く時間だった。

「明日の今頃はどこ?」

 私はビールを飲みながら課長に聞いた。

「まだ成田だよ。」

「そうか。まだ成田だよね。」

「そうだよ。」

 課長はビールばかり飲む。だから私も最近はビールばかり飲むようになった。軽食をつまみながらビールを飲んだ。

「なあ。」

 少しの沈黙の後で課長が口を開いた。

「女房の事は全く気にする必要ないから。」

 私は黙っていた。課長が次の言葉を発するのを待つように。沈黙の背後でマライアが低音を囁くように唄っている。

「俺達には関係ないから。お前は何も考えるな。」

 課長の言葉は魔力でもあるかのようにすーっと私の頭に入ってきて私はそうなんだと思ってしまう。

 その時もそうだった。私と課長の間には奥さんの存在は関係ない事なんだ・・・

 それは違うという事に気づいて苦しむのはもっとずっと後の事・・・
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