揺らぎ(8)

文字数 630文字

「異動だよ。」

 課長がやっと言った。

「来月から俺、池袋だって。」

 予期していた事とは言え気持ちがずしりと沈んだ。

 私は言葉を無くしたままグラスの上に浮かんでいくピルスナーの金色の泡を見つめていた。

「ごめんなさい。」

 たまらなくなって私は言った。

「私のせいで、課長は・・・」

「お前のせいじゃないだろ?それに別に拠点が変わるだけだ。顧客も全部持っていく。」

 隠しているがやはり無念さが言葉に滲んでいた。

「もうミズキと一緒に働けないな。」

 無理矢理笑おうとしてみせる。何だか余計に痛々しかった。

「楽しかったよ。お前と働けて。」

 課長は精一杯の笑顔で言った。

 私には課長の悔しさが想像できた。課長が銀座支店の営業黒字を引っ張ってきたのだ。支店長は馬鹿だ。私を異動させればいいのに。

 インディビ=業務渡航は銀座支店が中心でその中心にいたのが原田課長だった。

 課長が異動する池袋支店は団体手配のカラーが強い支店だ。団体旅行のエキスパートの個性的なキャラクターの課長がいる。

 原田課長が池袋で一人インディビの営業をしているなんて想像がつかない。

 私たちの恋はそれだけのけじめ、みせしめが必要なくらいの大スキャンダルだったという事だ。

 どうして?

 ただ惹かれあってしまっただけなのに。ルール違反だからタブーだからインモラルだから・・・

 だから処罰されるんだね。私たちの心はただ互いに強い強い力で結ばれたがっただけ。磁石のように。

 出会ってしまったのに避ける事は出来たと言うの?
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