銀座で最後の夜

文字数 578文字

 とうとうその日がやってきてしまった。

 数日前、課長に懇願した。飲み明かすと言って一晩一緒にいてほしいと。

 課長は始めから難色を示していたけれど私もなかなか引き下がらなかった。

 課長は終始「難しいよ。」と言った。

 それでも私は当日まで、直前まで

「考えてみて。」

 と言って聞かなかった。


 みんな会場の店「一見」に移動し始めていた。

 私はロッカールームで泣いていた。

「やっぱり無理だって?」

 ナオが私を慰めていてくれた。

「うん。」

 私は涙がとめどなく溢れてくるのをどうしようも出来ないでいた。

「泣かないで。」

 ナオは言う。

「そろそろ行かなきゃ。そんな顔ではいけないよ。みんな面白がってるんだから。」

「うん。」

 私は何度か深呼吸をして気持ちを落ち着けようとした。

「さあ化粧直して行こう。」

 ナオに促されてやっと立ち上がった。

 ナオの言う通りだった。みんなが私と課長を肴にして面白がっていた。私が泣いている姿を見ようと期待しているのだ。

 開き直るしかなかった。だから心の中で大泣きしていても淡々としていた。

 それなのに誰かがしかけてきた。カラオケのイントロ、昭和のムード歌謡。

 『銀座の恋の物語』

 課長に先にマイクを握らせ私は無理矢理歌わされた。自分が機械にでもなったように心をからっぽにしてただ歌詞を読むように歌った。

 心が冷えて固くしこりのようになっていった。
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