第45話

文字数 1,674文字


 成り行きから(ファン)(シィァン)――字を(クゥァ)と名乗ることとなった(ホー)(ジェ)は、かたちの上で主人(あるじ)となった(リィゥ)次倩(ツーチィェン)と共に、逢の国都・洛邑の東の玄関口たる亀城に入った。
 頃王の十六年の正月のことである。

 洛邑の東門で衛士に過所(かしょ)(=旅券)を(あらた)められたときには、二十一歳と記載された〝范詳〟の(なり)がいかにも未熟…――実際の何捷の年齢は十七歳――であることを(いぶか)しまれたが、いかにも手馴れたふうに、次倩がそっと銭を握らせて黙らせた。
 少なくとも〝 物惜しみ〟をする人物(にんげん)ではないことはわかった。

「…――それで主人(あるじ)は、ここからどうするのだ?」
 范詳こと何捷は、東門を(くぐ)り門道を市中に入るや、傍らの次倩にそう訊いた。
 天子の都は〝過年〟――十二月二八日の祭竈から正月の〝望の日〟(=満月の日)までの期間――のさなかにあり、新春を祝って賑やいでいた。
「せやな……。宿に落ち着いたら、適当な大坐賈(ざこ)見繕(みつくろ)う」
 一応、侍人としての立場をわきまえた言動をした何捷に対し、次倩の方はいたって気さくなままに返した。何捷は怪訝となって眉根を寄せた。
「商売でも始めるのか?」
「それもええな――」
 何捷の言に、次倩は、いかにも愉し気に笑みを浮かべてみせた。
 が、すぐにそうではない、という表情になって何捷を見返した。
「上客と思わせて賈人( )(=商人)に顔を繋ぐのさ。派手に(かね)使(つこ)ぉてな。ほんでそこを伝手(つて)に役人に近付く…――」
 満面の笑みには自信が溢れているのだが、そこにはいったいどのような根拠があるのか、何捷には見当がつかなった。何捷は、試しにいくつも浮かんだ疑念のひとつを口にしてみた。
「その銭は、どこにあるんだ?」
 次倩が許の賭博場からいったい幾つの()()()を失敬してきたのか知らないが、そういう〝使い方〟が出来るほどの額とは思えない。何捷の懐に至っては、言わずもがなである。
 質された次倩は歯切れよく応じた。
「おう、(かね)か! まあ、それはまかしとき」 その表情(かお)は相変わらず自信ありげである。「――二、三、当てがあんねんで。……っちゅうことで、まずは客桟(かくさん)(=旅館)を探そうや」
 そうして次倩の勢いに押されるままに、目抜き通りでも羽振りの良さそうな客桟の一室に納まった何捷は、その奢侈(しゃし)な(=豪勢な)に部屋にただひとり、市中に金策に出た次倩を、たっぷり二刻( )(=四時間)あまりも待つことになった。

 やがて部屋に戻ってきた次倩は、部屋の中に変わらずに居た何捷をみつけると、勿体つけた足取りで近付いた。そして、部屋を後にしたときと同様の満面の笑みで、懐から四つばかりの袋を引っ張り出すと、そのうちの三つを卓の上に置き、一つを何捷の方へと差し出した。
 手を伸ばし、ズシリとしたそれを掌の上に乗せたとき、何捷はそれが〝黄金〟であることを知った。一斤( )(=二五〇グラム)の砂金の入った袋が全部で四つ…――黄金の一斤は銭一万枚だから、これはまずまず途方もない額である。何捷の眉が胡乱げに寄ることとなった。

「……(リィゥ)次倩(ツーチィェン)。この黄金(きん)は――」
 探るような声音になった何捷を、次倩は片手を挙げて制した。
「――…(ホー)(クゥァ)よ……察しの通り、この黄金はきれいなもんやない。けど、ぜったい足の付くことのない金や。そら保証する。だから詮索はしな」
 そう言われ、何捷としては、いよいよ用心深い顔になって流次倩の顔を窺うことになる。
 次倩は、その顔に不思議な笑みを湛えて言った。
「……おまえは()()を利用する。()()もおまえを利用する。ちゃう世界の人間同士の、()()()()関係や」
 だが、そう言って肯いてみせたときの流次倩の目は笑ってなどないことに、何捷は気付いている。次倩は目を細めるようにして続けた。
「せやけど、この黄金が〝どういうもの〟か知ってしまえば、おまえは()()と同じ世界の人間になる――」
 何捷は、ごくりと喉を鳴らた。
「この黄金(きん)の出処は、おまえは知る必要はない。そう思うやろ?」
 次倩は念押しするようにそう言うと、何捷の手から砂金の袋を掴み取って無造作に机の上の三袋のところへと戻すと、あとはもう()()の気さくな表情(かお)になって「夕餉(めし)にしよう」と部屋を出たのだった。
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