第30話
文字数 1,863文字
なぜ自分たちが女学問の手伝いを、と戸惑うふたりに、師はただ「まあ、何ごとも経験だから」と送り出したのだった。後から冷静になってみれば、門下の学徒の中でもっとも若輩だったのが徐云と何捷であった、というだけのことだったのだろう。
ともかく徐云と何捷は、翌日以降、三日に一度、正午前に鄭邸に通うこととなった。
さて、何捷はこの役目に見るからに不満たらたらといった
夜が明けて
まあ
徐云は、自分のことを憶えていないだろうか、などと思いながら時折り
そうして教場での初日をどうにか終えた徐云と何捷は、いまは鄭邸の女主となった雅雯から、
そこに麗雯がひとりで立っていた。
「あら、やっと来た。あたしのこと、忘れたんじゃないでしょうね、……
教場での澄まし顔と違って、
「……ひょっとして、待っていたの?」
麗雯の口から出た自分の名に、はっ、となった徐云が、怖ず怖ずという態になって訊くと、
「稽古中は話せないでしょ。
それで麗雯が、案外に雅雯に
それはおき、いま徐云は
だが、さしあたり何を話せばよいかと、徐云は、青翠院でみたものとは違う落ち着いた色調の
すると、その徐云の傍らから、
「いまはいいのか?」
と何捷が、何の感慨もない声音で質した。麗雯には〝油を売っていてよいのか〟と、徐云には〝用がなければ早く行くぞ〟という、愛想のない対応である。
麗雯は、そんな何捷は半ば無視するように視線を向けず、まっすぐに徐云の目を見て言った。
「時間はあるの。…――もう妓女じゃないわ」
その目許と言葉に乗った艶に、徐云はやはりどぎまぎとしてしまう。麗雯はそれを見てふたりを表門の方へと促した。
「少し外を歩きましょ。途中まで一緒に」
鄭邸の表門を出て条の大路をいく道すがら、三人は並んで歩き、徐云は麗雯の口からこの一年余りのことを聞いた。
去年、ちょうど徐云らと青翠院で出会ったころに、小麗は翠雅雯の目に留まり、香を焚いて(※)〝香火姉妹〟になったという。雅雯の輿入れの際、侍女としていっしょに鄭邸に入った鈺雯は、そのとき一緒に契りを交わした妹だそうだ。〝
(※ 妓女同士で香を焚き、姉妹になることを誓い合う習慣があった)
そういえばね……と、
雅雯から「あなたたちふたりは、妓楼で生きていくのには向いてないわ」と言われたことをいま不思議がる麗雯に、彼女はともかく、鈺雯という妹の方はそうだろうと、徐云も何捷も納得している。鈺雯はとても線の細い、何ごとにもおどおどとしている、そういう娘だった。
麗雯については、あの春の境丘の辻で処士の不興を買ったように、あれこれと騒ぎの渦中にありそうだ、という意味で〝向いていない〟のだろうと、ふたりそれぞれに思ったものの、何捷でさえ、それを口に出すのは