第４話
文字数 1,766文字
視界の中で、娘のひとりが身を翻す挙動を見せたとき、
その時にはもう、何も考えることなく、徐云は人垣を掻き分けるように歩を進めていた。
娘の顔がこちらに
徐云はそれには応えず、処士の動きを目で追いながら娘へと歩み寄っていく。
処士が、すぐ脇にいた見物人が杖を突いているのを見るや、それを奪おうと手を伸ばす。
いまひとりの娘が、声を上げて身体を遠ざけるふうにした。
その声に、娘――
処士は見物人から
周囲から悲鳴があがった。
徐云は覚悟を決め、明璇の腕を取って強く引いた。そのまま躰を入れ替えて自分の背で明璇を庇うようにその体を掻き抱く。
振り降ろされる杖が背を打つだろうことに備えて、徐云は身体を固くした。その腕の中の明璇の身体が小さく震えたのを感じた。
ともかく、この最初の一撃を耐えなければ……。
徐云は、来るべき痛みに、口を引き結んだ。
だが徐云の背に、その痛みは訪れなかった。代わりに乾いた音がして、周囲が
徐云は恐る恐る頭を背中の側へと廻した。すると視界の中に、凝った造りの鞘があった。
金色に輝く鞘尾の装飾が目に付いた。
その先に、弾かれてそうなったのだろう、杖を握った腕を頭の上に撥ね上げた処士の間抜け面があった。
徐云は状況を呑み込むと、ゆっくりと視線を鞘口の方へと動かしていく。
剣把を握るのは、徐云とそう年齢の違わない
徐云はことの成り行きを注視することとなり、その徐云の胸元では明璇が、処士と若者とを見比べ、息を潜めるふうとなる。
「おっさん、やめなよ……」
その若者の声は、
徐云は彼の目を見たが、若者の方は徐云へ目線を向けるようなことはせず、鞘尾の先の間抜けな処士の顔へと鋭い目線を向けている。
処士の方は、最初、なにが起こったのか理解できなかったようだったが、自分の打ち下ろした杖を剣の鞘で払ったのがこの
「いかに鞘に納めたままとはいえ、
その目には、やはり侮りの色が浮かんでいた。相手が
若者はといえば、年相応な感情――嫌悪からくる怒りの情を隠そうとせず、男を
若者は、〝天下の士人たる〟を自称するその男の言に、自らの声を落ち着かせるふうに応じた。
「俺の
声音には、あきらかに
「…――あんたは〝素衣・素裳・素冠〟を装いながら、その実は尊大で横柄だ。そのうえ女を後ろから打とうとは、もはやその立ち回りは卑怯だろう――
そういう奴は〝
場が静まり返ることとなった。
剣を携えた若者の威が、これを〝茶番〟で終わらせない、という雰囲気にしている。
徐云は、これは
その様子を離れたところから見遣る二対の目があった。
一対は少壮の士のもので、彼は見るからに偉丈夫といった体躯に
いま一対は中年のもので、黒染めの質素な着衣はころころとよく肥えた腹の辺りばかりがが目立っていた。
ふたりは
「……これは、行ったがよいな」
と、中年の男が壮士の背を叩いて送り出した。
（※ 胡人の着る服の意。胡人とは，北方の騎馬民族のことをいう。筒袖、
