第15話
文字数 1,700文字
その日以降、徐云の南宮邸での興味は、洪大慶の教える兵法から蕭尊寶の語る遊説術へと移っていった。
年齢相応の男子だけに軍事に興味はあったし、将来の縦横家としては兵の知識も必須だと何捷とともに学び始めたのだが、もともと争いごとを好まないこともあって、何捷ほどの熱意は続かなかった。
それよりも理路整然と弁舌を揮う尊寶の遊説術の方に、徐云は魅かれた。
そもそも縦横家とは遊説家である。時世を読み、そのときどきに応じ最適な国事・軍事を論じ国政の指針を説かねばならないが、それを最終的に適えるのは弁舌の術であろう。
そう思い至った徐云には、例えば同窓の何捷のような生来の覇気を持つ者のする、論の核心にいきなり飛び込んで否も応もなく相手の傾聴を誘う、というような語り口はない。なればこそ、尊寶のような弁舌の冴えは、いつか縦横家として立つためには是非にも必要だと思われた。
尊寶がもともとは儒学を学んでおり、その師が高偉瀚に師事していたということもあったかもしれない。
一方の何捷は、なにより貪欲であった。
彼は自分の〝立身〟のために、ありとあらゆる知識を求めた。
高偉瀚からは礼儀と政事を、南宮唐からは墨教の実践を支える合理的あるいは実践的な各種の技術と知識を、洪大慶からは兵学と武術と〝諸国の軍事〟を、そして蕭尊寶からは弁舌の術と〝現在の諸国の情勢〟の知識を、といった具合に……。
そして恐ろしいほど飲み込みが早かった。
いまひとりの同窓ともいってよい存在である立青もまた、学問そのものに対する渇望は何捷にも引けを取っていない。立青は徐云より二歳ほど年長である。
彼の場合、〝立身〟という目的に呪縛されている何捷や徐云と違い〝学ぶということ〟に鷹揚だったが、より本質の部分――〝わからないことをわかりたい〟との純粋な心――については、ふたりのそれを上回っていた。
彼は奴の身……たとえ苦労して学問を修めたところで、結局は官途につくことはおろか、知り得た知識を生かす場所すら得られないだろう。けれども彼は、知りたいという欲求にとても素直だった。
――境丘に学ぶ学徒にいちばん相応しいのは、ひょっとしたら立青かもしれない……。
徐云は、そんなふうに思うようになった。
それから十日ほどが経ち、小雨のちらつく高偉瀚の邸――。
午前のうちに高老師の講義が終わり、午後からはこれといってすることのなくなった徐云は、講堂として使われている東廂房から人が捌けていく中を居残り、算盤を床に広げた何捷が悪戦苦闘するのを不思議そうに見ていた。
何捷は、昨日、洪大慶から出された宿題――騎馬を強行軍させる際、行率(一日に見込む行軍距離)、消費される飼葉の量、といった諸々の要素を考慮した上で、副馬(乗替え用の馬)の適数を割り出せというもの――に取り組んでいるのだが、考慮すべき因子をすらすらと書き出して整理してみせたようには、算盤の上に算木を積む彼の手は動いていない。
徐云とて数学は得意というほどではないのだが、それでも〝六芸〟(※)の一つとしてそれなりに使いこなせる。その徐云の見たところ、何捷は理屈を組み立てるのは得意だが細かな数を扱うのは苦手のようだった。
(※ 士分以上の身分の者が学ぶべき六種の技芸。〝礼〟(作法) 〝楽〟(音楽) 〝射〟(弓術) 〝御〟(馬術) 〝書〟(書道) 〝数〟(数学))
しばらく孤軍奮闘していた何捷が、やがて算盤から面を上げて徐云を見、ぶっきらぼうに言った。
「徐云、俺の解を験算してくれないか……」
験算といったが、何捷の計算はほとんど進んでいない。ここは〝手伝ってくれ〟というべきだろうに。
「…………」
徐云が黙って見返すと、何捷はバツが悪そうに目を伏せた。
その普段の傍若無人ぶりからほど遠い学友の表情に、徐云はちょっとした優越感を覚えた。
勿体をつけるように手にした冊簡を広げ、わざとらしく目線を落としてみせたりする。
それでもあまり調子に乗って何捷の機嫌を本当に損ねてしまう前に、
「いいよ、わかった」
と徐云は冊簡を巻いて応えてやった。
そんな徐云に近づいて声をかける者があった――。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)