第20話
文字数 1,581文字
――⁉
少し先を行っていた
視線の先に、はずした手を顔の高さに跳ね上げ、〝驚かそうと思ったら逆に驚いてしまったわ〟といった表情の若い女がいた。
「…………」
切れ長な、釣り上がり気味の目と、目が合った。
もちろん徐云に妓女の知己はない。
怪訝……というより警戒気味となった徐云に、彼女は、両の手を下ろし、長いまつげの目をわずかに細めて小首をかしげてみせた。垂らすに任せた豊かな巻き毛が揺れる。
それでも固まったままの徐云に、女は、ふん、と小さく吐息を漏らすと横を向いた。
するとその横顔に見覚えのあることに、ようやく徐云は気付いた。
「あ、たしか春に境丘の門道で…――」
春、桃の花の香る頃に、
「あら、ようやく思い出した」
徐云に向き直った女はうなずくと、ふっと笑ってみせた。
表情がやわらかくなる。するとふっくらとした唇に小さな皺が寄った。
見る者を惹きつけずにはおかない魅惑的な微笑に、徐云はふと喉の渇きを感じた。
そんな徐云の表情を見てとると、女はまた首をかしげた。どうすれば自分の魅力を十二分に相手に伝えられるか、計算しつくした仕草である。とはいえ、女というものに免疫のない徐云にそのようなことの判る道理もない。このような場合、どう応じたものか……。
「あの、きみは……」 とりあえず口を開いた徐云に、
「なまえ?」 娘は
徐云がうなずくと、
「
〝翠〟は「青翠院」の
細い眉の下の斜視気味の目が、悪戯っぽく、ある種の艶をたたえて、じっとこっちを見つめてくる。徐云はつい顔を赤らめた。
「ぁあ、の……」
喉に感じていた渇きが増した、と思ったとき、
「…――あなたは?」
翠小麗が成り行きのままに名を訊いてきた。
「……
古来〝この国〟では、
人の本名はその人の霊的な人格と強く結びつくものであり、その名を口にするとその霊的人格を支配することができると考えられているからである。
だからであろうか……、
「
翠小麗の、天真爛漫さの中にもわずかに媚を含む声が耳もとに滑り込んでくると、徐云の心の中に、もっとこの娘と話をしたい、という衝動が泉のように湧いてきた。
そんな徐云の落ち着かなくなった心をひき戻してくれたのは、数歩先で待っていてくれている
「
いつもの愛想のない声でそう言われ、徐云は、ばつの悪くなった顔で何捷を見たが、そのときにはもう、何捷は
翠小麗は〝行きなさいな〟と、表情を改めて徐云から身を離した。
「あの……それじゃ…――」
後ろ髪を引かれる感じの徐云に、翠小麗は〝いきなさい〟というふうに手を振って寄越した。
何捷を追ってその場を離れしなの徐云は、背中越しに、艶を含んだ声を聴いた。
「また遊びにいらしてね、