第70話
文字数 1,677文字
国宇は同じような表情になって、
「少しは〝よい〟
姚華の隣まで進むと歩を止めた。その手には酒甕がある。
「どうやら、最後の最後に、逢の太師・鷲申君でなく、ただの
そういって酒甕を掲げた国宇の態度は、逢の太師に向ける辺境の一城主のものではなく、若き日に共に戦場を駆けた
酒が心地よく胃の腑に染み透り、野を馳ける火のように体のすみずみにまで熱く広がっていくのを感じる。それは姚華には、かつて五帝の仁政に胸を躍らせた頃の自分が追った
その影絵の物語は、ひとしきり姚華の中を巡ると、やがて酒の熱さとともに治まり、去っていった。
「明日、軍使を立てる…――」 姚華は静かに口を開いた。
軍使を立てる、とは降伏するという意味ではない。
「――雌雄を決することにしよう」
古来、戦とは戦場を択び、兵を選んで相対し、天命を賭して雌雄を決するもの。軍使を立てるのは、その戦場と日取りとを打ち合わせるためである。
国宇は、ほう、と口許を綻ばし、酒の甕を
「古式に
そして本当に愉し気に笑って見せる。「――陣容は昌と原の十分の一。さてこの戦、後世、史籍にはどう記されますかな」
そんな国宇の笑いに、姚華は満足気に頷き、それから目を細めて言った。
「いや、わしの最後の陣列は
「…………」 その真意を目で問うた国宇に、姚華、もう一度ちいさく肯いてみせる。
国宇は、なるほど、それは確かに
「いま一つ、〝頼み〟がある――」 それから姚華は、礼容を正して正面に国宇を据えた。
「――この戦での車右はおぬしに頼みたい。
すると梁国宇は、ふん、と鼻で笑うように、
「なにをあらたまったかと思えば
そして、礼容を正して姚華に向き直ると、
「――あの日、君にこの命を救われて以来、我の命は君のもの。……でなけば、この沮で君の来るのを待ってなどおりませね」
最期は晴れやかに笑って、そう言ったのだった。
それで北辺のこの城を最後の地に選んだことの
頃王の十七年、十月二十日――。
その中には、騰政ら柔弱な学徒も戦装束に身を堅め、覚悟の表情でそれぞれに慣れぬ武器を手にしている。
激戦は
最後の突撃に際し、それでも鬼神と見紛うばかりの形相で戈を振り回す梁国宇と姚華の兵車の勢いをとめたのは、昌本陣前で待ち受けた弩兵の一斉に放った矢
彼らに率いられた一旅五百の兵は、そのことごとくが戦場の露と消えた……。