第31話
文字数 1,640文字
鄭氏の邸を出た
王淑一の大
そう言ったときの麗雯の顔に、何捷の表情がすこし変わったかもしれない。少なくとも何捷のことを知るようになっていた徐云には、そう感じられた。
一見して不遜と見られがちの何捷であるが、実は義理堅い性格である。同じような〝不器用な義理堅さ〟を
このときも何捷は、麗雯が、
〝あんたたち男には香火姉妹の絆なんてわかりゃしないでしょうけれどね〟 という
「――…殊勝な心掛けだな。おまえのような〝根無し草〟を身内としてくれた
と、ぼそりと言って返した(まぜっかえした)のだった。
「……〝根無し草〟ですって?」
それまで一人で喋っていたような麗雯が、不意に割って入ってきた何捷に反応した。
「言ってくれるわね。あたしの本当の
鼻先で明るく笑ったその言いようは別に〝何捷に不快の念を抱いた〟というふうではなく、何捷の言葉を受け流している感じだ。
それでは、と、
「いったいどんな〝
何捷の方も誘いに乗って、さてさてと、かぶりを振るようにしながら訊いてやった。
麗雯は勿体つけるように、つんと澄ました顔をまえに向けると、どこか面白がるふうにふたりの一歩前に出ると、凛と張った声になって言った。
「北涼伯 崇威が
何捷の顔色が変わったが、背中を向いた麗雯は、そのことに気づかずに続ける。
「…――証だってあるのよ」
そうして、とっておきの秘密を教えてあげる、というふうにふたりを振り見遣った麗雯は、突出された腕に怪訝となった。
足を止めた麗雯に、何捷は〝見せてみろ〟と掌を拡げて伸ばした。
いったい何よ……、と面食らった麗雯は徐云の方を向く。だが徐云も何捷の豹変に戸惑うばかりのようで、麗雯は息を一つ吐くと、胸もとから紐に吊るした
それは
何捷は掌の上の
「どこまで
「なにを」
「血続きのことさ。遡れないのか」
めずらしく、何捷の口調が
その何捷の気配に
「――…
「崔氏の五世……
何捷は今度こそ神妙な面持ちとなって麗雯を向いた。彼女の手を取り、
「…――我が祖父・
そう深々とひざを折った何捷に、それをされた麗雯の方は困ったように二歩、三歩後退った。それから衆目が集まり始めると、今度は面倒そうに顔を曇らせることになる。
なんとなく気まずくなった空気の中、璧を握りしめた麗雯は、
「あたし、もう帰らないと……」
ぎこちなげにそれだけ言い、あとはふたりを置いて、もと来た大路を逃げるように戻って行ったのだった。