レッド・レイン (7)
文字数 1,015文字
叩きつけてくる白い水しぶき以外、何も見えない。
しぶきではない。氷片だ。
突き刺さる。全身に。
〈上人さま〉
ヴィンセントの想念だ。泣き叫んでいる。
〈やめて やめて 死んでしまう〉
滝だ。
瀑布。
氷点下。凍りかけた体の奥で、わずかな血がどろりと熱い。
〈くそっ〉
〈邪魔だ 放せ〉
〈放しません おやめください 死んでしまう〉
ほとばしる滝水は半分凍ってつららになりかけている。
滝壺が白くけむる。
しぶきが霜に変わるのだ、空中で。
バルタザールの記憶だ。
これを叩きつけて、クリストフを制止しようとしている。
ヴィンが泣きながら師を引き出そうとしているのは、かつて出逢った滝壺の氷水からでもあり、いまのこの
(そうか上人はいまここにはいなかったんだ――土の中だ!)
仮死状態なのだ。ミニサイズででんぐりがえしなんかして見せるから忘れていた、あれはアバターだ。本体はいつ心肺停止してもおかしくない。しかも遠くに。
こんな過激な想念を飛ばしたら、まちがいなく焼き切れる。
〈放せ〉
〈三七 二十一日 滝に打たれて不動明王の誓言を三十万遍唱える大願を立てた
まだ七日にもならぬ〉
〈放しませぬ上人さま やめて
お師匠さま〉
〈助けて 三郎どの四郎どの〉
はっとする。
はっとしたのは自分なのか、弟なのか。
〈お願い 手伝って わたしひとりでは さぶろうどの しろう ど の〉
〈よけいなことをするな!〉
体じゅうにふりそそぐ白い、いや、ほとんど青い氷片以外、
何も見えない。
〈おい四郎くん 聞こえるか 死にたかったら死んでいいぞ〉
?!
驚いてあたりを見まわすが、何も見えない。
〈死ね おれが許す〉
泣いている。バルタザールがだ。
〈だって〉弟だ。〈生きていても 生きる意味が〉
〈そうだな〉
〈わからない〉
〈おう そうだな もう死のうか 死んでいいぞ 安心して行ってこい〉
――どこへ?
〈行ってこい おれが代わりに死んでやる〉
〈だからだめだって〉ヴィンだ。〈三郎どの助けて 四郎どの 四郎どの〉
〈止めるな馬鹿野郎 人の代わりに死ぬのが坊主の役目だ
他に何がある
よし 行こうか四郎くん
ああそうだ その前にあれを見ろ〉
弟の想念が、ゆるんだ。
首をわずかに回して、言われたものを探している。半透明のみぞれの中で。
〈あれって 何ですか〉
〈あれだ〉
ヴィンセントの想念さえゆるむ。
三人そろって、示された方角を見上げる。高みを。