ヒア・カムズ・ザ・サン (24)
文字数 1,356文字
「そこ行きますか」
「そう」落ちついて言っている。「まじめな話。
わたしじゃなくてもできる仕事は、みんなに手分けしてやってもらいたい」
「たしかに」
「それが組織というものだから」
「なるほど」
「正直、好きじゃないんだ。鎌倉殿鎌倉殿って追いまわされるのは。
もっとクールに、効率的に進めたいの。
ビジネスなんだから」
ときどきこういう目をするな、この人は、と思うロバートだ。
遠くを見ている。でも、感傷にひたっているわけじゃない。真逆だ。
ぼくらがいま立っている場所の、ずっと先を見ている――
そこにはたぶん、
もはやアリアさんも、もちろんぼくらの中の誰一人も、立っていなくて、
もしかして、ご自身も。
ただ、そこには、新しい風が吹いていて。
その風景を、いっしょに見てみたいけれど、
見るのが怖い、気もする。
カミーユがふりかえって、大輪の白い花のように涼やかに笑った。
「まだ時間ある?」
「ええ、いちおう」
カチリと音。テーブルの上にプラスチックのカードが置かれた。
(何だろう)
裏返すと、ハトの形の付箋に、数字が書かれている。
いまから30分後の時刻と、3桁の――
(暗証番号?)
(これ、ルームキーか!)
息をのむ彼の耳もとで、彼女の髪が香る。
「最上階の突き当たり」ふっとささやかれる。このカードキーなしでは入れない関係者限定エリアだ。「あと何人か呼んである。よかったら来て」
絶句しているロバートに、かるく眉を上げて(どうしたの?)と問いたげな表情のカミーユ。
「いいんですか」ロバートの声はかすれた。
「何が」
「ぼく、なんかが」
(〈11〉にも〈12〉にも、〈13〉にも選ばれなかったのに)
そんな彼の心底を見透かすように、楽しげな声が告げる。
「誰にでもできる仕事は、誰かにやってもらう。
これは、わたしにしかできないし、きみにしかできない仕事だから」
こんなことを言われて、一身を投げ出して期待にこたえようと思わない男がいるだろうか。
「畠山くん、楽器できるよね」
いきなり、まっすぐな目に見つめられて驚く。
「ええ、いちおう」
「何の楽器?」
「キイボードと」慎重に答える。「パーカッションはだいたいひととおり」
黒い目が見開かれた。「すごい! 頼もしい。編曲もできるよね?」
「まあ、いちおう」(これ何のプロジェクトだ?)
「配信も得意だよね?」
「ええ、まあ」得意中の得意だと言っていいものかどうか迷う。
(だから、何のプロジェクト――あっ)
舞の奉納か、例の?
アリアさんに舞わせて、まさかぼくが伴奏を?
それをネットで――
「じゃ、30分後に」カミーユが席を立つ。「今度はちゃんとしたコーヒー出すからね。オーガニックのスペシャルティ。
最近わたし、浅煎りにはまってるんだ。彼女の影響でね」
「もう、また」
「あはは」
華奢な後ろ姿を見送りつつ、男は思う。
(お変わりになられた。しかも、いい方に)
舞の奉納プロジェクト、何かひじょうに危険な匂いだ。
本能がそう警告すればするほど、脳はかえって大量のアドレナリンを放出してくる。
燃える、というやつだ。
こうなったら――と、男は思う。
(ついて行きますよ。連れていってください、どこへなりと。
鎌倉殿。
われらが