笑う人
文字数 1,320文字
見るべきことはすべて見た。さて、自害するか――
壇ノ浦で知盛はそう言って
このとき彼は笑う。
いや、読み返したらじつはこの直前直後には笑うって書いてなかったのだが(汗)。
たぶん、笑っている。
知盛なんて小物だ、ヒーローの器じゃない――そう言った人がいる。
たしかに彼は歌も詠まないし大立ち回りもしない。激怒も号泣もしない。いつも淡々としていて盛りあがりに欠ける。清盛のような超弩級のカリスマもなければ、重盛のような涙をしぼるエピソードもない。
武勇なら教経のがだんぜん上だし、美形でもてはやされる重衡・敦盛・維盛・
なのに、なぜだろう。
壇ノ浦の風景のなかで、知盛の存在は圧倒的だ。
もうほとんど、壇ノ浦イコール知盛くんの心そのものみたいな。
ちょっと何言ってるかわかんないですね、すみません。ラストシーンを先にご紹介します。名文なんです。
海上には平家の赤い旗がかなぐり捨てられ、「紅葉を嵐が吹き散らし」たようだった、というんです。
ああああ!
もうだめっ。もう、涙でパソコンのディスプレイが見えません。
数時間巻き戻して、その決戦の直前。平家チーム主将の知盛くんがなんと言って全軍に
「いくさは今日が最後です。皆さんがんばりましょう。
どんなに強くても負けるときは負けるものです。
でも恥ずかしくない戦いにしようね」
(いくさは今日をかぎりなり。おのおの少しも退く心あるべからず。
名将勇士といえども、運命尽きぬれば力およばず。
されども名こそ惜しけれ)
負けるって言っちゃってるし! 逆に凄くないか?
もともと源氏は坂東武者だ。陸上の騎馬戦を得意とする。水軍は平氏のほうがだんぜん優秀だったのだ。源氏がここまで食いついてきたほうが不思議なくらいで、そこには義経たちの必死のマンパワー現地調達(リクルート)があったりするのだが、それについてはまたいつか書く(たぶん)。
その得意の海上戦で平家は、にわか仕込みの敵に、今日、たぶん勝てない。
破滅しかない。フラグ立ちまくり。
なぜ勝てないとわかるか。単純な話だ。
くどいようだが戦の上手下手なんかではない。
数だ。
圧倒的な人数が、すでに敵方についている。
つい最近までこちらサイドにいたやつらだ。
軍船の数ではない。地上の、地図の話だ。
オセロゲームの盤を想像してほしい。ただしコマの色は黒白ではなくて赤白だ。
つい最近まで、近畿・瀬戸内・九州は平家の赤で埋められていた。その赤かったはずの盤上が、あれよあれよというまにぱたぱたぱたっと白にひっくり返された。いまはもうほぼほぼ白一色。
赤はコーナーに追いつめられている。壇ノ浦という名のコーナーに。
この絶望たるや。
それでも、知盛は自棄にならない。
落ちついて全軍を率いて出ていく。最後の戦に。
泣ける。
もう、この涙だけでごはん三杯は行ける。