ヒア・カムズ・ザ・サン、または/そしてレイン (1)
文字数 855文字
あの子
はどうなってるんだ、という、一部からの声がやいのやいの騒がしいのだ。どうかご辛抱ください。前にも言ったじゃないですか。
一度に全部のストーリーラインは書けないんですよ。
アリアは――
そう、アリアは。
刺繍をしている。ひとりで。
「痛っ」
指先ににじんだ小さな血の粒を、信じられない気もちで見つめる。
刺繍は得意だ。こんな失敗はめったにしたことがない。
集中できてないな、と思う。
刺繍といっても、日本の〈刺し子〉だ。
〈麻の葉〉や〈菱つなぎ〉で何枚か作ってあげたら、
藍染めの布に白い糸。波の模様、つぎつぎと押し寄せる。
血でよごさないようにそっと置いて立ちあがる。傷ついた指先を口にふくんで、窓を見る。
晴天。
自分は何をしてるのだろう、と思う。こんな所で。
カミーユの本心がわからなくて、とほうにくれる。
「アリアは何も心配しなくていい」
ひどい。そんなの。あたしはただのお人形?
みんな同じ。御曹司だって。あたしを何だと思ってるの?
あたしだって、せめて、いっしょに、哀しみたい。
ぱらぱら、と窓にかるい音がして、ぼんやりしていた焦点がふたたび合った。
(雨?)
澄んだ青空。さやかな日の光。なのに、
(雨だ)
きらめく小粒が、窓をたたいている。
立って行って、大きく窓を開けた。
とたんに風に乗って、雨粒が吹きこんできた。
(冷たい)
思わず目を閉じたのは、まぶしかったせいもある。そのまま新鮮な空気を肺いっぱいに吸いこんだ。
(雨の匂い。水の)
こういう天気って、何ていうんだっけ? とアリアは思う。
頭の中の辞書のページをめくる。ぱらぱらと。
(なんとかの、なんとか入り)
うん、そうだけど、ほとんどどこも合ってないよアリアちゃん。
思い出して。
ひるがえる白いページを、透明な粒がぱらぱらとたたく。挨拶のように。
何かの予感のように。
(きつねの――)
そう。
きつねの嫁入り
、だ。