もっとロンリーハート (17)
文字数 1,429文字
薄布をめくり、中に入る。白く透きとおる立方体。
外はとうに暮れた。広がる闇の中央で、彼らの明かりだけがほのかに立つ。
膝をつき合わせて座る。
少年は右手をフロリアン、左手をクリストフにあずけた。
「おーい、おれは?」畳の上からバルタザールが呼ぶ。手をメガホンにして。
「わたしの体のどこかに乗っててください。接触してればどこでも」
「じゃ肩に座るか。まじ目玉おやじだな、はは」
「いいですけど、万が一わたしが途中で倒れたら下敷きにならないように気をつけてくださいね」
「うお」
なかなか物騒な
「あの、最後に。三郎どの、四郎どの」
ヴィンセントの頬がかすかに紅潮しているのに、フロリアンは初めて気づいた。
(「最後に」って何だ。いまから始めるのに)
「お二人にご負担をかけないよう、できるだけニュートラルを保ちます、けど」
「え?」
「わたしは、霊媒じゃありません。からっぽになって何か別の『霊』をこの体に『降ろす』わけじゃないんです。もし、映っている人以外の何か……雑音を感じたら、それはわたしの意識です。
わたしが……暴走したら……止めてください。お二人のほうから念じて……」
「ならやめておけ」
間髪を入れずとんだ師の声に、少年はびくりと身をふるわせた。
「その程度の覚悟しかないならやめておけ。危険だ」
ヴィンセントは唇を噛んでうつむいた。「申し訳ありません」
「やめるか」
「やめません。暴走しません。お約束します」
「よし」
おだやかに、虫の
上映も、おだやかに始まった。
いや、気づいたときには、すでに始まっていた。
吸って。吐いて。
吸って。吐いて。
少年のちいさな息に、いつのまにか同調している。そうしろと言われたわけではないのに。
脈拍も。
ふっと明かりが落ちたように感じたが、違った。
少年の全身が光りだし、それであたりの闇がかえって濃くなったのだ。
輪郭はそのまま、なかみだけ見る見る透きとおっていく。色はなごやかな赤から橙へ、朱へ、黄へ、そして蒼く白く、輝く。
(
(命懸けじゃないか……こんなの)
かすかな、ほとんど笑みに近い何かが、少年の唇に浮かんでいる。
まばたきはしていない。
ふれている手が……
熱い。
(あ)
リー、リーという虫の音が、遠くなった。
いや、
階下に。
遠く下の庭に
。ここは平屋なのに
。四方をかこむ蚊帳が、れんがの壁に変わる。
すぐそこに。
ベッドでかすかな寝息を立てているカミーユ。
窓から月を見上げていたアリアが、ふりかえる。
カミーユの寝息を確認し、しのび足で、ソファに近づく。
腰かけて、自分の手さげ袋から、まるい包みをとり出す。
ほどくと、タンバリンだ。青いリボンの。
そっと抱きしめ……
また、袋に戻す。
〈四郎どの 今度は 見えますか〉
抑揚のない想念が流れる。副音声のように。
これがヴィンセントの意識なのだろう。
クリストフがうなずいた。
フロリアンにはわかったのだ。見なくても。クリストフがうなずいたと。
感じたから。まるで、自分がうなずいたかのように。
同じ脳に。同一の
〈見ましたか〉
〈ああして 肌身離さず 持ち歩いておられるのです〉
〈なのに けっして打つまいと 頼らないと 心に決めておられるようなのです
ひとりで なんとかしようと〉
まるで自分の頬にひとすじ、つたい落ちるものがあったように、フロリアンは感じる。