ヒア・カムズ・ザ・サン(アゲイン)(1)
文字数 1,399文字
明けがた
朝来るとまた気持ちいいよ、すがすがしくて──
そう言われたことを思い出して、滝の広間に散歩に来ている。
滝の水量はしぼられて、静かに壁をつたうように導かれている。
射す光が柔らかいのは枝々をとおしているからだと気づく。
透かされた葉の緑が、あちこちで黄や朱に変わりはじめている。
あ、と声が出たのは、とんぼが一匹、つっと空間を横切ったからだ。
透明な羽に色彩を映して――
しばらく宙のひとところではばたいていたと思ったら、ついっと身をひるがえして消えた。
静かだ。数時間前までの喧騒が、嘘のように。
「滝の音は――か」
思わずつぶやいて、自分でふっと笑う。がらにもない。
あの
滝の音は
絶えて久しくなりぬれど
名こそ流れて
なお聞こえけれ
小倉百人一首五十五番だ。
滝が涸れて水音がしなくなってから、長い歳月がたってしまったけれど、
「まことに佳い滝だった」と語り伝える声は、いまもある。
学校の授業で習ったときには思ったものだ。
(ばかじゃないのか)
滝が涸れたからどうだというのだ。まして、もう水のない滝の跡を見て、
「昔はここに滝があったんだって」
そんなことをぐだぐだ言いあって何の意味がある?
ガキだった、と思う。われながら。
そうではなくて。
滝の話ではなくて。
もっと痛切な。こんなふうに、胸をしめつけるような。
佳いものを。かつてあり、いまは永遠に失われたものを――
惜しむ気もち。
いつのまにか人影があって、こちらを見ている。
黙礼すると、静かに近づいてきた。
「お休みになれませんでしたか」と声をかけられ、
「楽しくて、興奮しすぎてしまって」と正直に答える。
「ははは」
笑顔の優しい人だ。昨夜はおれたち若輩の大騒ぎにいっしょになってつきあってくれていたけれど、こうして朝の光のもとで見ると、年上の風格はまぎらしようもない。
「歌、お好きですか」
そう問われて、へどもどするクロードだ。「いやあの、正月のかるた大会用にちょこっと習っただけで」
さっきの「滝の音は」のひとことで和歌だと見抜くってすごくないか。さすがプロ。
「でも昨日は」いそいで付け足す。「ぼくらもじっさい――
『行き暮れて』たので。
皆さんのような『花』に『
「それはお正月のかるたには入ってないやつですね」
とぼけて言って、クロードを笑わせてくれる。
行き暮れて
花や今宵の
道半ばで日が暮れてしまった。この木の下で休むとしよう。
桜よ、今宵の宿の主人となって私を憩わせてくれ――
平忠度の辞世の句だ。
一ノ谷の合戦で源氏武者と激闘の末に討ち取られた。右腕を切り落とされてなお、残った左腕で敵を投げ飛ばしたという。壮絶!
からくも勝った源氏武者が、倒した相手の
「
「なんでこんな素敵な人死なせちゃったんだろう」ということだ。
ネットでこの歌を引いたら「敗者の悲しみ」だの「悔しさ」だのいろいろ書いてあって驚く。
そんなものは私(作者)には1ミリも感じられない。
ただただ、安らかだ。