ヒア・カムズ・ザ・サン (6)
文字数 1,519文字
まばゆい黄金の閃光。その輝きを背負って、大きなシルエット。
ずい、と歩み出てくる。
怨霊だ。
何か抱えあげている。片腕で、かるがると。
小さな体だ。ぴくりとも動かない。
ベンジャミンが横を見ると、すでにクロードの姿はない。
「え?」
声を発したのは弁慶ではない。
怨霊のほうだ。
エレベーター庫内の明かりの中から一歩出たとたん、クロードがすっとんで逃げたので、あっけにとられている。
「えー。なんでー。迎えに来たのに」
怨霊に迎えに来られて嬉しいかというと、この場合、泣くほど嬉しい。
地獄で仏とはこのことだ。いや地獄で怨霊か。
何言ってるのかわからなくなってきた。
観光客向けの怨霊メイク(白塗り血まみれ)はしていない。普段着だ。杢グレーのフード付きパーカ。カジュアルなのに品がいい。もうね、ほんと何着てても品のいい人たちだから、一族そろって。
ゆいいつ驚くべきだとしたら、彼が子どもを片腕一本で抱きあげているところだが(しかも寝てる子どもって倍重いよね!)、そういえば生前からそういう人だったなと、ベンジャミンは思い出す。
(力持ち)
「やあ武蔵くんひさしぶり。あ、やめて土下座とか。そういうのなしで。ほんとお願い。
それより、なんで呼び鈴押してくれないの? モニターに気がつくの遅くなっちゃってさ、ごめんねー。夕飯は?」
「いやあの(汗)いちおうすませました、道の駅で」
「よかった。じゃ早く下行こうよ。みんなお茶淹れて待ってるから。あ、それとも宿、予約してた?」
「いやぜんぜん(汗)」
「なんだ、じゃ泊まってって。好きなだけいてくれていいから」
まさか――
罠、じゃないよな、と一瞬疑ってしまった自分に恥じ入るベンジャミンだ。
(だって親切すぎる! 平家の皆さん(泣))
この男、平
知盛の従弟。平家ファミリー最強の
すでに楽屋トークには出ていたが、本編は今回が初登場となる。
(じゃ、あの抱かれてる子は? 見たことある気がするけど……)
ベンジャミンが尋ねようとする前に、子どものほうが身じろぎをした。
「うーん……」
ハロルドは愛おしそうに、柔らかな髪に頬を寄せてささやいている。
「起きた?」
「うん。あのね」
「何? ほら、ごあいさつしたら?」
「くるしゅうない。ちこうよれ」
「だめだ、まだ寝ぼけてるみたい」
笑って子どもの頭にキスするハロルド。それが覚醒をうながしたらしく、子どもは長いまつ毛を上げて、ぱっちりと目を開いた。
「あ! げんじの大きい強いおぼうさんおにいちゃんだ!」
「長いあだ名だね」ハロルド、大笑いしている。
子どもはものおじせず、両手をまっすぐベンジャミンのほうへのばしてきた。抱け、ということらしい。愛くるしいが有無を言わさぬ態度。わけもわからず抱っこさせられてしまうベンジャミン。
幼な子特有の甘い香りと、餅菓子のような柔肌。小さく熱い体温を感じる。
「あのね、ちんはね」
「あ、まちがいた。もう『ちん』って言わなくていいんだ。
ねえ、もう『ちん』って言わなくていいんだよね?」
ハロルドがうんうんとうなずいている。
「げんじの大きい強いおぼうさんおにいちゃん、あのね、ちんはね、もう『ちん』って言わなくてよくなったの」とてつもなく嬉しそうに言ってぎゅっと抱きついてくる。「てんのう、やめたから」
「て……」
次の瞬間、腰が抜けてあやうく子どもを落っことしそうになったベンジャミンだ。
安徳帝じゃないか。
享年八歳。満年齢では、六歳と四カ月だ。