ここにもロンリーハート (9)
文字数 559文字
(え……?)
手は、たしかに張られた皮の中心をとらえたのに。
音がしない。
(そんな)
ふたたび打つ。鳴らない。
みたび打つ。鳴らない。
全身から血の気が引いていく。
ヴァレンティンとパトリシアの顔にも、驚きと困惑の色がひろがる。
「どうして」
シャカシャカタン、シャカシャカタン。今度は相手のところへ行く打ちかたを打ってみる。
やはり「タン」が鳴らない。
皮はぴんと張られているのに、ガーゼででもあるかのように音がしない。
赤いリボンだ。まちがいない。
ミランダと
楽器弾きが楽器をさわって音が出ないときの恐怖と絶望を、想像していただけるだろうか。
朝起きてふつうに「おはよう」と言おうとしたら声が出ない。それに近い。
それ以上だ。
すべての感覚が、信頼が、世界から抜け落ちていく。
(どうして。どうして)
立っていられなくて、ミランダは膝から崩れ落ちた。
(あたしの耳がおかしいの? 手がおかしいの? 何が)
(あたしのせいだ。
あたしが疑ったから――
あたしが)
(切ってしまった)
ヴァレンティンより一瞬先にパトリシアが駆け寄り、ミランダを抱きとめる。
「助けて」
叫んだつもりなのに、かすれ声しか出ない。
「助けて。お願い。あたしを。
三郎を」
まだ涙が出ない。涙より、血がほとばしりそうだ。