レッド・レイン (10)
文字数 544文字
ただの庵室に戻った畳の上に、ヴィンセントは手をついて、ぽたぽた涙を落としていた。
「お師匠さま」
四つ這いになって畳の上を手探りし、一寸法師を求めて泣きじゃくっている子どもは、
年相応に幼く見えた。
「わたしは、まだ、何も教わっていません。
帰ってきてください。
早く帰ってきて。
死んじゃやだ」
フロリアンが後ろからそっと抱きしめてやると、ひくひくふるえながらすがりついてきた。
鼻を垂らしてわあわあ泣いている。せっかくの美貌もだいなしだ。
ふわりと、風が動いた。
見ると、クリストフが、立って蚊帳を外している。
「四郎」
声をかけたら、ふりむいた。
目の焦点が合っている。
「見えるのか」
「うん」
「佳い月」
夜空を見ている。
フロリアンも、抱かれた子どもも、ともに見上げる。
たしかに――
たしかに天は、地を知らない。
月も星々も、われわれの生き死になどにおかまいなく巡っていく。非情に。
それならなぜ──
天はこのように、輝くのだろう。
いや、むしろ、
われわれの網膜は、天が輝くと見るように進化したのだろう。
この輝きを美しいと思い、
この光に見守られて生きていけそうな錯覚に陥るように、
われわれの脳は進化したのだろう。
気がつくと、とうに、夜はふけている。
―第五章 了―