ムーン・リバー (3)
文字数 1,074文字
クロードもつい笑みがこぼれる。「おれ受けなきゃだめ?」
「いやいや」
二人で笑う。
「まだ子どもだから」とハロルド。「『けっこん』の意味もよくわかってないし」
「でも本気で考えたよ。『おれの生涯でいちばんきついご奉公になるかも?』って」
「はははは」
「訊いていい?」とクロード。
「何」とハロルド。
「『まだ子ども』とか、『おとなになりたい』とか、言ってるけど……
主上がおとなになること、あるの?」
答えが返ってこないので、ああ、ないんだ、とクロードは思う。
「正直おれたちも死んだのは初めてだから」
淡々と言うハロルドだ。
「これからどうなるのか、よくわからない」
「おれたちの上に、まったく時間が流れていかないわけじゃないらしくて。
なんだろう。感じる。
川底の石に心があったら、こんなふうに、水の流れを感じるのかもしれない」
「こういうの知ってる?」
「何」
「人の死は、二度ある、というやつ。
一度めは、肉体が滅びたとき。
二度めは……」
知っている。
二度めは、忘れ去られたときだ。
「主上もね」
こんな優しい声出すやつだったんだ。ハロルドの横顔を見ながらクロードは思う。
「全国各地にお墓あるだろ」
二人で笑う。
「享年何歳というのも、もうばっらばらで」とハロルド。「十歳とか十六歳とか二十三歳とか。四十三歳とか」
「おっさんだな」
「それだとおれ完全に追い越されてて」
「おれもだ。おっさんになった陛下想像できない」
「そうなんだよ」
ライトアップされた滝の水は、きれいに整備された水路をとおって流れていく。
明かりが水面に映りこんできらめき、それがまた天井に反射する。
上からも下からも、おだやかな光の応酬だ。
「あれだな。人がたどりがちな思考っていうやつ」とハロルド。
「安徳帝が生きてるといいな……
生きてるかもしれない。
きっと生きてるんだよ。
というね」
「だって、あまりに、おいたわしいじゃないか」
『平家物語』の中でも、壇ノ浦の「先帝
阿鼻叫喚の中、武人も女官もつぎつぎと入水していく。二位の尼(祖母・時子)も涙をおさえて、「さあ、行きましょうね」と安徳帝を抱きあげる。
おさない帝は不思議そうに尋ねる。「どこへつれて行くの? ばあば」
「とっても素敵な所ですよ。浄土というの」
「ふうん」
「だからお手てをあわせて、お念仏をおとなえなさいね」
「はい」
「主上。
波の下にも、都はございます」
琵琶法師の芳一くんが呼び出されて弾き語りをし、平家一門の亡霊たちを大泣きさせたのは、この名場面だ。