レッド・レイン (9)
文字数 964文字
おれたちには。
(だって全員に、破滅フラグ立ってて)
たん、たん。しゃらり、と、タンバリンの音。
それでも――
それでも、あと少しだけ。
そばに。
いつか失う日まで。その日まで。
ふと、鼓が止む。少女たちがふりかえる。
泣き声がしたから。
(誰の?)
赤ん坊の。
(誰の?)
泣きやまない。魂がはり裂けんばかりに泣いている。
皆で耳をすます。
(どこ?)
(どこにいる?)
ふいに――
何もかもがかき消え、もとの蚊帳の中にいる。
一枚の板絵。
白紙でも白絹でもなく、板に描かれた絵だ。絵の具に木目が透けている。
若い女の姿だ。
黒髪を垂らし、伏し目。冴えざえと美しい。
ふところから何かのぞいている。衣でくるんで、大切に抱きかかえている。
小さな、小さな。
赤ん坊の後ろ頭だ。顔は見えない。
フロリアンとクリストフとヴィンセント。
三人で、泣き声のする絵を見つめている。
〈止めろ これを〉
バルタザールの想念がかすかだ。すでにアバターの姿はない。
〈まだ まにあう〉
〈きみらには 時間 が ある〉
泣きじゃくる赤ん坊のうなじのあたりに、落剝があることにフロリアンは気づく。
そこだけ絵の具がない。木目もない。
小さな暗黒。鍵穴のかたちの闇。
どこへ通じているのか。
フロリアンの目の前に、鍵の映像が浮かんでいる。その鍵穴に合うはずの。
虹色に光っている。
〈かけてやれ 鍵を〉
右手を、のばして、指の、先で、
鍵のイメージを押さえ、
ドラッグして、絵の穴に、はめようとするけれど、
〈できません〉
手のふるえが止まらない。
なぜわかるのだろう、とフロリアンは思う。
この絵の女の人が、
泣いている赤ちゃんが――
御曹司だと。
千年の時を超えて、居場所を求めて。
《義経》というのは、この虹の鍵穴に与えられた名前なのに違いない。
すべての泣きやまない魂に通ずる鍵穴に。
だから、おれたちがここに集められたのは――
〈できる きみらなら〉
この鍵穴に、虹を、さしこむために。
クリストフの左手が動いた。
目が、はっきりと開いている。
鍵のイメージを指先で確実にとらえ、ドラッグする。
絵の穴にはめる。
泣き声が止む。
〈よし〉
ログアウトの直前、バルタザールの想念は、たしかに微笑んでいた。