ヒア・カムズ・ザ・サン (16)
文字数 1,690文字
ミランダを抱きしめたまま、あとの二人に頭を下げるフロリアンだ。
「高尾で待ってろってお話だったんですけど、待ってられなかったんで」
「あの……、まさか、四郎くんは?」
パトリシアが、不安よりは笑いでふるえる声をおさえて尋ねる。
「あ、はい、すいません。おれがこっち来るって決めたら、最初はついてきてたんですけど。
途中できゅうに『兄者おれやっぱ鎌倉行くわ』つうから『そうか』つって」
「いや引きとめても聞くやつじゃないんで」絶句しているヴァレンティンとパトリシアに向けて、言い訳がましく――なく、1ミリも言い訳がましくなく、嬉しそうに言う。「あいつふだんは何も言わないんですけど、いったん言いだしたら頑固なんで」
「鎌倉行ったんだ」とパトリシア。
「はい。行きました」
「ひとりで」
「はい。ひとりで」
「行ってどうするのか、言ってた?」
「いやなんも。だって行ってみないと何もわかんないじゃないですか。様子見てから考えるんじゃないすか? 大丈夫ですよ、おれら気配とかも消せるし。『波多野さん奪取したら知らせる』つってました。あは、おかしいですよねあいつ、いまだに『波多野さん』なんですよー」
笑うどころではないヴァレンティンだ。ただ茫然としている。
「ほんとすいません、お二人にはいろいろご心配かけて」フロリアン、ていねいに頭を下げている。「とくにうちの姫がお世話になりまして。このわがまま姫が」
「わがままなんか言ってないよ」とミランダ。「なんで知りもしないのに言うの」
「だってミラからわがまま取ったら何も残んないじゃん――てっ(痛)! え、ひど! なにそれ、ちょ止めてまじで、暴力反対っ」
ぽんぽん、とパトリシアに肩を叩かれ、ヴァレンティンはふりかえった。
にこにこしている。
「いい薬になった? 新中納言どの」さらりと言われた。
そうなのだ。
さっき、一瞬。
フロリアンが笑いながら頭を下げて、上げたときに、ミランダの肩越しに投げてきた視線。いや、視線どころか。
瞳が――金色に、光った。
凄まれた。
失敗した、とヴァレンティンは思う。当然だ。自分が間違っていた。いつのまにか指揮官づらをしてしまっていた。
彼らのリーダーはあくまでクロードなのだ。パトリシアも自分も頼まれたわけではない、勝手に友軍としてここにいるだけだ。
「王子さまはさ」とパトリシア。「子どもの頃から他人に命令するのには慣れてたかもしれないけど、それみんな身内だったでしょ。言うこと聞いてくれて当然の人たちだったでしょ。
クロードくん、こういう、手に負えないやんちゃな子たちを束ねてきたんだよ。ゼロから関係築いて。
もう少し、尊敬してあげたら?」
「尊敬してるよ」
「そう?」
「おれ嘘はつかない」微笑んで言うと、
「嘘つきはみんなそう言うよね」彼女も微笑み返してくる。
それともう一つ。
もう一つというより、こっちがメインかもしれない。メインだな。
(
うちの姫
が、お世話になりまして)牽制された。
「何笑ってるの」とパトリシア。
「何でもない」
「反省した?」
「ああ」
「何を?」
「え?」
「あはは」
こいつも見たんだな、あの金色の眼。
「あのさ」とパトリシア。「えらそうでごめんなさい。でも。
ひとりで何もかも背負ったつもりにならないで。
ひとりじゃないんだから。
楽しもうよ。同じ時間なら、悲しい気持ちより楽しい気持ちで過ごそ。ね」
「強いね」と思わず言うと、
「
いろいろ勝てない。
自分だけが全敗、のような気がするヴァレンティンだ。
そして、それが、心地いい……
と、突然、ミランダの悲鳴が上がり、つづいてフロリアンの叫び声も聞こえた。
「だめそれは獲っちゃだめ!」
「うわびびったー! なにこれ?!」
ひらひらと舞い降りてきたチキ1号に、きつねがつい本能で飛びかかろうとし、
そのとたん、蝶がむくむくと巨大化したのでぶっとんだ、
ということらしい。
ヴァレンティンとパトリシアは顔を見あわせて吹きだし、草の上にころがっている二人と一匹に駆け寄った。