ムーン・リバー (2)
文字数 1,244文字
立食パーティの用意ができている。
すでに夜食の時間帯だから、こってりした物こそないけれど、きれいにひと口大に切りそろえられたフルーツサンドやカナッペが皿に盛られてある。それだけで花のようだ。
「ベンジャミンくんは和食党だって聞いたから、麺も用意させたよ」とハロルド。
「麺ですか」
「
ベンジャミンの目が輝く。
運ばれてきた小ぶりの椀にさっそく舌鼓を打っている。先刻のクロードとのバスケゴール下的攻防ですっかりカロリーを消費してしまっていたらしい。
「あごだしですか」とか「味噌のかげんが絶妙ですね」とか嬉しそうにいろいろ言っている。さすが料理男子。
クロードはと言うと、さっきから、小さなサンドイッチをひとつ皿にのせ、指でつまんだままためらっている。
ハロルドが笑った。
「毒は入ってないよ。おれが先に食べて見せようか」
「そうじゃない」
思いきって口に入れると、とたんに柔らかな香りがいっぱいに広がる。
クリームも旨いが、食べたことのない果実の味だ。トロピカルな甘みと優しい酸味。
そしてパンが。
「どう? 口に合った?」
うなずくと、「よかった」と笑っている。
「泣くなよ」
泣いてない、と言おうとしたが、声にならなかった。
「おれさ」やっとのことでしぼり出すクロードだ。「いま、居場所なくて。どこにも」
「知ってる」
「まさか平家さんのところで、こんな歓迎してもらえると思わな……」
ぽんぽんと肩を叩かれた。
「敵の敵は味方、ってか」とハロルド。「いや、それも違うな。
むしろ『いくさが終わればノーサイド』だな。
やるか、本気で? 源平連合軍でビッグな謀叛」
にやりと笑っている。
(巻二末「もひとつおまけのトリビア:ノーサイド」参照)
「いやそれまずい。勝っちゃうだろ」
「だな」
二人で笑う。
「勝ちたくはないんだ、鎌倉殿に?」とハロルド。
「べつに」
「頂点きわめる、トップ取るとかはないんだ」
「意味ないから。
おれ、トップ取っても、そのあととくにやりたいことないし。
あの人にはあるから」
ハロルドが黙って聞いている。
「生まれたときからおれには、居場所はなくて」
どうしてこんな告白をこいつにしてるんだろう、とクロードは思う。
だが、なぜか、安らかだ。
「いつも、人の家にいた。置いてもらって。
家族もなかったし、故郷も」
「おれがこんな戦好きになってしまったのは――
戦の間だけは。
そこに居場所がある、というか」
「そう?」かつての敵は微笑んでいる。
「居場所がないって言うわりには、どこへ行っても歓迎されてるじゃない」
「故郷がないって言うけど、ニッポン全国を故郷にしてる。
そこらじゅうに『義経ゆかりの地』あってさ」
「あ……」
「たぶん行ってない所にもあるよな」
「いや、えーと」
「ははは」
ベンジャミンを囲んで盛りあがっている皆の大騒ぎを、二人でながめる。