ヒア・カムズ・ザ・サン (19)
文字数 1,218文字
それをすすって、しばらく黙ってぼーっとする。二人で。
なんのかの言って、こういう時間、悪くない。
やがて、カミーユが、紙コップを見つめつつぽつりと言った。
「文覚先輩に断られた」
「えっ」
「護持僧の件」
「うそ」
「ほんと」
「そうですか」考えこむロバート。「引き受けていただけるものと思いこんでました。
理由は? やっぱりオファーの額が少なすぎた?」
「違う。そんな人じゃない」
「『護持僧? あー無理無理、悪い。おれ無免許だから』って」
「無免許?!」
そうなのだ。なんとバル兄、お坊さんの免許持ってなかったんである。
お寺での修行の修了証、例の〈
たしか高野山かどこかでいちおう修行するんだけど「だりい」とか言ってさっさとドロップアウトし、あとは全国の修験場をかたっぱしから制覇して、いつのまにか実力はんぱない人になっちゃったらしい。僧というよりほとんど山伏だ。
ワイルド・アット・ハートなバル兄らしい話だが、ここで彼が勉強ぎらいだったとは決めつけないでほしい。ウラ話をすると、じつは当時のお寺ってまじ格差社会の縮図で、卒業してりっぱなお寺をまかされるのは、基本、
皇族出身者にかぎられていた。
または裕福な貴族出身者。
かりに生まれが良くても実家が没落していて寄付が出せない子たち(アントワーヌくんみたいな)は、勝ち組のアシストだけして一生終わる。ましてバル兄みたいなほぼ庶民は万年拭き掃除だ。いや、もちろんアシストも掃除もすごく大切な仕事だから(本気)、おとしめるつもりはない。ただバル兄みたいに
「ボロくなって放置されている古き良きお寺を再興する(クラウドファンディングで)」
というはっきりした目標を持ってる若者だったら、「なんか学校でしこしこ勉強してても意味なくね?」と悟るにいたっても当然じゃないだろうか。
で、ドロップアウト。
「それにね」とカミーユ。話は護持僧の件に戻る。
「あの人の性格を忘れてた。源氏とか平氏とか朝廷とか、そういう特定の組織に所属したくない人だった」
ああ、とロバートの口からも納得のため息がもれる。
「『おれ忙しいし』って言われちゃった」源平合戦後、ボロ放置の寺の数は倍増して、文覚はその復興に奔走している。神護寺、東寺、東大寺。「『だから鎌倉にずっといてきみのガードだけするっていうのは無理。ごめん』だって」
「そういうことでしたか」
「うん」
カミーユ、悲しそうだ。
「『そのかわり、使えるやつをそっちに送るから』だって」
「おお!(期待)」
「『おれよりよっぽどデキるやつ』だって」
「おお?(期待と不安)」
「『まだちびすけなんで、いま
「ちびすけ??(ほぼほぼ不安)」
賢明な読者諸君は誰のことかもうおわかりだろうが、カミーユとロバートは二人して首をひねっている。